プロフィール

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こんにちは!
プロフィールをのぞいていただきありがとうございます!
このページでは、このサイトを作った理由や、管理人のプロフィールについて書いています。

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管理人基本データ

【H N】ヴェルヴェッティーノ(Velvettino)
【本 名】紫穂(SHIHO)
【出身地】東京都
【居住地】ヴェネツィア
【誕生日】7月4日
【血液型】O型

【好きな作曲家】
ヘンデル、バッハ、テレマン、ガルッピ、ハッセなどバロック後期の作曲家は枚挙にいとまがない。
ロマン派ではロッシーニ、トスティが好き。

【好きなミュージシャン、バンド】
ニール・セダカ、クイーン、エアロスミス、ビーチボーイズなど。

このサイトを立ち上げた理由

音楽留学は誰にでも可能だと伝えたい

管理人は現在、イタリアの国立音楽院で古楽を学んでいますが、留学前は日本の一般企業の人事部で給与控除の計算をしていました。
大学時代は音楽とまったく関係ない分野を学んでいたので、音大の先輩のコネクションというものはありませんでした。
また、両親には一度日本の大学を出させていただいているので、経済的援助を受けることはなく、現在もヴェネツィアで働きながら勉強しています。

最初に留学のことを考えたとき、「ヨーロッパに音楽留学なんて音大卒のお嬢様お坊ちゃまがすることで、自分には無縁なんじゃないだろうか」という考えが頭をよぎりました。

イタリア文化会館の留学セミナーに参加して、音楽留学から帰ってきた先輩の話をうかがっても、「音大の先輩にイタリアの音楽院の先生を紹介してもらいました」というお話で、そもそも日本の音大に行かなかった自分に道があるのだろうか、と不安になりました。

日本の音大に4年間通ったあとで留学できるほどの貯金はないし、年齢的にも早く学びたかったし、何よりもバロック声楽、チェンバロ、通奏低音、バロックアンサンブルの個人指導を受け、音律や対位法などをしっかりと学ぶには、海外に行く以外に方法はありませんでした。
私が留学を決意した2014年当時は、バロック声楽科は東京藝術大学の大学院のみに設置されていましたが、学部ですら難関と言われる芸大の院ですからね・・・一般大学卒の会社員には高すぎる関門でした。

留学を決意してから2年間、紆余曲折を経て2016年に無事ヴェネツィア音楽院の古楽科に合格することができました

このサイトは、自分のようにコネもお金もないけれど情熱だけはあるという、音楽留学志望の方に役立つようにと思って立ち上げました。
留学を決意した2014年に、こんなサイトがあったら心強かっただろうな、役に立ったろうな、というサイト作りを目指しています

趣味で声楽を学んでいる音楽好きな方に役立つサイトを

日本で週末に習い事として声楽を学んでいた2010年、アメブロで『ヴェルヴェッティーノのBAROQUE紀行』というブログを書き始めました(現在は『水の都で古楽修行♪ヴェルヴェッティーノのVenezia見聞録』に改題)。
ブログをはじめたことで、趣味で真剣に声楽を学んでいる人たちがたくさんいることを知りました。
また当時は自分もよく、声楽に関する情報をネット検索して発声法などについて学んでいました。
特に海外で学んでいる方のブログは憧れもあって、ワクワクしながら読んでいました。

今自分が海外で学ぶ立場になって、日本で趣味で声楽を学んでいる方になるべく音楽院で勉強した専門知識をシェアしていきたいと思っています。

自分のお金で勉強しているといっても、今こうした恵まれた環境で学べることに感謝しています。
海外で学んでいる者の使命として、日本の皆さんに対して日本語で、学んだことを伝えていきたいと思っています。

バロック音楽を広めたい

声楽を習い始めて最初に歌う曲集はたいてい『イタリア古典歌曲集』ですが、上記のブログの『イタリア古典歌曲集』で学んだことをまとめた記事は、今でも多くの方に訪問いただいています。
この曲集の中のアリアはロマン派的な解釈でアレンジされているものの、多くがバロック時代のオペラやカンタータに取材したものです。
イタリアの音楽院で古楽を専門的に学んでいる今だからこそ、古楽の知識を生かして、これらの曲に古楽奏者の立場から記事を書きたいと思いました。

声楽を学んだらほとんどの人が通る『イタリア古典歌曲集』、ここからバロック音楽の楽しさに目覚めたら、バロック音楽は今よりもっとポピュラーな存在になるはずです。
「チェンバロを学んでいます」とお話しすると、「チェンバロってどんな楽器ですか? 打楽器ですか?」なんて訊かれたりします。
「画像検索しましたよ~」とか言われます。
ピアノやヴァイオリン、ギターだったら絶対こんなことはないでしょ!?
もうちょっとバロック音楽や古楽器が人口に膾炙してもよいはずだっ!!


略歴

生い立ち、音楽教室が大好きだった子供時代

  • 下町代表、東京都足立区の生まれ。
  • 3歳からヤマハ音楽教室に通う
    しゃべれるようになったらすぐに反抗期が訪れ、「この子はもしやストレスがたまっているのでは?」と心配した母が連れて行った。まだ幼稚園に入れる年齢ではなかったので。
  • 4歳からエレクトーンを習う。
  • 5歳から趣味で作曲をはじめたので、作曲が学べるヤマハのジュニア専門コースを受験。
  • 6歳からジュニア専門コースに通い、ピアノの個人レッスンが始まる
  • 10歳頃まではなんとなく作曲家志望。といってもイメージできるのはバッハやベートーヴェン。現代では? 自分の将来は? というのはよく分からなかった。

表現欲求に目覚めた思春期

小学校の途中で埼玉県さいたま市に引っ越した。
さいたま市で通った専門コースの先生が、「作曲の勉強を深めるために東京まで行った方がいい」と母に話してくれたのに、断る。
大人になった今は後悔している・・・
小学校6年生当時、学校の図書室で読んだ手塚治虫の『火の鳥』に感化され、漫画家になる!と夢をいだいていたのだ。
当時は1歩早くやってきた中二病まっさかり、「自分のように悩んでいる10代にメッセージを届けられる漫画を描きたい」という強い表現欲求が生まれていた。

中学校まで地元で過ごす。
美術部の後輩がとても絵がうまかったため、あっさりと漫画家になる夢をあきらめ、ラノベ作家志望に変更
時は90年代後半、神坂一原作『スレイヤーズ』が一世を風靡していた時代である。

高校は、中央大学杉並高校へ往復3時間かけて通う。
「受験は一生で一度にしたい!」と思ったから大学附属の高校を選んだというのが志望動機。
小説家志望と言いながら軽音楽サークルに入る

大学は予定通り中央大学へ。
総合政策学部国際政策文化学科」という、文字数が多くて履歴書に書くのが大変な学科へ進む。
附属高校からは成績順に入りたい学科が選べるのだが、単純に一番偏差値のよい学部を書いたら入ってしまったという志望動機(?)。
テスト勉強、できる子だった・・・。

大学ではほかの学生の2倍ライブをしたくて、バンドサークルを2つかけもちした。
小説家志望は次第にうやむやに・・・映画『Velvet Goldmine』の影響で70年代ロックに傾倒したのが理由。
(ヴェルヴェッティーノというHNはこの映画にあやかっています!)
詩、曲、ビジュアルと多面的に表現するグラムロック時代のデヴィッド・ボウイに出会い、小説よりも音楽で自己表現したいという衝動に駆られた

一般企業に就職するも、バンド活動に明け暮れる日々

大学卒業後は、お堅い東証一部上場企業に就職。
給料は安いものの、人間関係のよい職場で成長させていただく。
一方、プライベートでは自分の作曲したオリジナル曲を歌うために自分がリーダーとなってバンドを組む
ヴォーカル、キーボード、バンド活動のマネジメントに打ち込むも、活動のストレスからクラシックを聴くようになり、結局、ハードロックとは180度路線の異なるバロック音楽に傾倒する。

イタリアへ音楽留学、ヴェネツィア音楽院に入学

2016年、11年間務めた会社を退職し、イタリアの国立音楽院バロック声楽科に入学
バロックオペラに出演することを夢見ていたものの、入学後合唱の一員としてオペラ公演にたずさわるうち、「きらきらしたイメージを追いかけていただけだったのでは」と自分の夢に疑問を持つように。
音楽院に入学して、声楽より和声法や対位法、通奏低音の即興などに適性があることを教授たちに見出していただく

2018年からはチェンバロ科にも並行して登録し、通奏低音奏者も目指すこととなる。

歌も並行して続けており、古楽や宗教音楽などのレパートリーに加え、自分の書いた曲も含めて歌っていきます!