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ヘンデルのオペラ《セルセ》のあらすじと解説、音楽史的な位置付けについて

オペラ《セルセ》あらすじと解説オペラ《セルセ》
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バロックオペラの名作として名高いヘンデルの《セルセ》について、初演時の配役や声種、オペラのあらすじ、おすすめの楽譜や録音をまとめました。

筆者が留学中のイタリア音楽院の授業を参考に、音楽史の観点から見た解説も書いています。

《セルセ》はDVDも出ています。ドイツのドレスデン音楽祭で録画したもの。

このDVD、歌手も演出も良いです。感想記事を書いています 

詳細はこちら 【バロックオペラのDVD BOOK】ヘンデルの《セルセ》魅力の理由

オペラ《セルセ》の作曲家、ヘンデルについて

1738年初演のオペラ《セルセ》を作曲したのは、ドイツ出身の作曲家ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685-1759)。後年イギリスに帰化しています。
《セルセ》もロンドンで初演されました。

ヘンデルについては、オペラ《セルセ》の1曲目に歌われるアリオーゾ「オンブラ・マイ・フ」の歌詞や日本語訳を解説したページで紹介しています。

ヘンデルのオペラ《セルセ》初演について

《セルセ》初演時の劇場

1738年4月にロンドンのヘイマーケットにある「国王劇場」で初演されました。
この劇場は2回火災に遭いましたが再建され、現在は「ハー・マジェスティーズ劇場」と呼ばれています。
1986年以来、30年以上(!)の長きにわたってミュージカル『オペラ座の怪人』がロングラン上演中です。

《セルセ》の登場人物と初演時の歌手と声種

登場人物初演時の歌手と声種
セルセ
(ペルシャの王)
カッファレッリ
(本名:ガエターノ・マヨラーノ、
 ソプラノカストラート
 現代のメゾソプラノ音域)
アルサメーネ
(セルセの弟)
マリア・アントニア・マルケズィーニ
(ラ・ルッケズィーナと呼ばれた。
 ヘンデルの指示は「重いソプラノ」
 現代のコントラルト音域)
アマストゥレ
(他国の姫君、
セルセの婚約者)
アントニア・メリーギ
(コントラルト)
ロミルダ
(アルサメーネの恋人)

エリザベト・デュパルク
(フランス人ソプラノ歌手のため、
 ラ・フランチェズィーナと呼ばれた)

アタランタ
(ロミルダの妹。
アルサメーネに恋している)
マルゲリータ・キメンティ
(ラ・ドゥロギェリーナと呼ばれた
 ソプラノ)
アリオダーテ
(ロミルダ姉妹の父、
セルセ配下の将軍)
アントニオ・モンタニャーナ
(バス)
エルヴィーロ
(アルサメーネの従者)
アントニオ・ロッティーニ
(バス)

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オペラ《セルセ》のあらすじ

ペルシャ王セルセは、異国に婚約者がありながら、ロミルダを妻にと所望する。
しかしロミルダはセルセの弟アルサメーネと恋仲だった。
アルサメーネに片思い中のアタランタは、邪魔なロミルダをセルセとくっつけようと画策する。

一方、セルセの婚約者であるアマストゥレは、自国から旅の危険を避けるため男装してやってくるが、セルセがロミルダを求めているのを知り、怒り悲しむ。

アルサメーネとロミルダの仲を引き裂こうとしたアタランタの計略は失敗に終わり、恋人たちは愛を確かめあう。
しかしセルセは王の権力でロミルダとの結婚を推し進める。ロミルダの父親であり配下の将軍であるアリオダーテに、娘が王族と結ばれることを告げるのだ。
この話を早とちりしたアリオダーテは、セルセ王自身がロミルダと結婚するとは思わず、弟アルサメーネと式を挙げさせた。

遅れてやってきたセルセは怒り狂うが、そこへ小姓が手紙を持ってくる。
それはセルセがかえりみることのなかった婚約者アマストゥレからのものだった。

「私はあなたと結ばれるためここへ来ましたが、あなたの心は私を裏切ったことを知りました」

という手紙の内容はセルセの怒りの炎に油をそそぎ、弟アルサメーネに花嫁ロミルダを不義の罪で処刑させようとする。
アルサメーネは怒り、刃をセルセに向ける。
あわやというところへ、男装したままのアマストゥレが現れる。

「愛する心を裏切った者は死に値するのか?」
との問いにセルセが
「Sì(その通りだ)」
と答えると、
「それならば死ぬべきはあなたです」
とセルセに刃を向け、正体を明かす。
自らの婚約者への裏切りが明るみに出たセルセは恥じ入り剣を受け入れる決意を示すが、アマストゥレは、
「再び私を愛してくれるなら、あなたを許します」
と告げる。

セルセは婚約通りアマストゥレと結ばれることとなり、アルサメーネとロミルダも祝福される。

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オペラ《セルセ》の音楽的特徴

セルセが初演された1700年代のオペラ界の慣習や流行から見ると、台本のスタイルはちょっと時代遅れ、でも音楽的には時代を先取りしていたといえます。

――ということをイタリア音楽院の授業で勉強しました。
こうした内容は『ヘンデル オペラ・セリアの世界』(ウィントン・ディーン著)にも詳しく書いてあります。

ヘンデル オペラ・セリアの世界/ウィントン・ディーン/藤江効子/小林裕子

音楽院の授業をもとに簡単にまとめてみましょう。

《セルセ》のリブレット(台本)について

ヘンデル作曲オペラ《セルセ》初演時の台本

ヘンデル作曲オペラ《セルセ》初演時の台本

オペラ《セルセ》の歴史
    • 1654年
      カヴァッリの《セルセ》

      ヴェネツィアでフランチェスコ・カヴァッリ(1602-1676)の作曲したオペラ《セルセ》が初演される。

    • 1694年
      ボノンチーニの《セルセ》

      ローマでジョヴァンニ・ボノンチーニ(1670-1747)の作曲したオペラ《セルセ》が初演される。

    • 1738年
      ヘンデルの《セルセ》

      ロンドンでヘンデル作曲の《セルセ》が初演される。

    ミナートによるオリジナル台本は1600年代半ばのもの

    台本はニコロ・ミナート(1627?-1698)が、イタリアの作曲家フランチェスコ・カヴァッリ(1602-1676)の《セルセ》のために書いたものがもとになっています。

    作曲家フランチェスコ・カヴァッリの肖像画

    フランチェスコ・カヴァッリ(1602-1676)

    カヴァッリのオペラは1654~1655年、ヴェネツィアのサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ劇場で初演されました。
    この劇場は1700年代後半に取り壊され、現在は残っていません。

    40年後、改訂した台本を使ったボノンチーニのオペラが上演される

    カヴァッリのセルセから約40年後の1694年、ローマのトル・ディ・ノーナ劇場で、ジョヴァンニ・バッティスタ・ボノンチーニ(1670-1747)の《セルセ》が初演されました。

    作曲家ジョヴァンニ・ボノンチーニの肖像画

    ジョヴァンニ・ボノンチーニ(1670-1747)

    台本は、シルヴィオ・スタンピリア(1664-1725)がニコロ・ミナート版を改訂したものを使っています。

    さらに40年以上経ってヘンデル版の《セルセ》が登場

    それからまた40年以上経って、シルヴィオ・スタンピリア改訂版をさらに改編した台本がヘンデルの《セルセ》です。

    ヘンデルの肖像画

    ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685-1759)

    前2回のオペラはイタリアで上演されましたが今回はロンドン。
    イタリア語にあまり堪能でない客席が、長いレチタティーヴォに飽きてしまわないよう、冗長なレチタティーヴォがカットされました。

    この改訂をおこなったのが誰なのかは分からないそうです。
    スタンピリアが再度改訂したという説もありますが、ヘンデルが《セルセ》の作曲に取り掛かった1737年、スタンピリアはすでに他界しているので、改訂詩人不明説のほうが正しそうです。

    こうした経緯から、台本にはおよそ100年前のヴェネツィアの空気が流れています
    それは1700年代の典型的なオペラ・セリアと比べると、コミカルな要素が多く含まれているものです。

    1700年代の典型的なオペラ・セリアの台本とは

    ヘンデルの《セルセ》が上演された1738年当時、オペラの台本作家として大変人気があったのが、ピエトロ・メタスタージオ(1698-1782)です。
    様々な作曲家が彼の台本に曲をつけました。

    オペラ・セリアという言葉は「シリアスなオペラ」という意味で、対義語は「オペラ・ブッファ」――笑いのあるオペラです。
    ロッシーニの《セビリアの理髪師》をイメージしていただくと分かりやすいと思います。

    メタスタージオの書いたオペラ・セリア台本の特徴

    メタスタージオの台本はいつもオペラ・セリアのためのものでした。
    その特徴は、高貴で格調高く、整った形式を持っています。

    • 高貴――登場人物たちは古代の王や、伝説的な英雄たち。
      そのふるまいは忠誠や忠義を重んじ、徳の高い行いを理想とする。
      時にそれが恋する心と相反することがあり、それが葛藤となりドラマとして描かれる。
    • 格調高いというのはイタリア語の詩の形式や、言葉の選び方。
      市井の人々が話すような言葉というより、詩として完成された台本となっています。
    • 形式は、レチタティーヴォとA-B-A’形式のダ・カーポ・アリアの繰り返しを想定して書かれています。
      レチタティーヴォの間に物語が進み、アリアでは登場人物たちが感情を吐露します。

    ヘンデルが用いた《セルセ》の台本は、こうした時流とは異なるものでした。

    オペラ《セルセ》の音楽的・演劇的な特徴

    このようにレチタティーヴォとアリアを繰り返す典型的なオペラの形式を「番号オペラ」と呼びます。
    「番号オペラ」はワーグナーの楽劇によって完全に終結しましたが、モーツァルトもロッシーニも番号オペラの形式で作曲していますから、番号オペラの時代は長いんですよね。

    でも1600年頃イタリアでオペラが誕生したとき、ヤコポ・ペーリやモンテヴェルディが作曲したオペラでは、レチとアリアは明確に分かれていなかったので、ワーグナーの「無限旋律」を原点回帰とみなすと面白いですね。

    さて、ヘンデルの《セルセ》では、レチタティーヴォとアリアが分かれてはいますが、ダ・カーポ・アリアの形式を意図的に変えているものも多いです。
    アリオーゾをはさんだり、レチタティーボ・アッコンパニャート(オーケストラ伴奏付きのレチタティーヴォ)をはさんだりと変化に富んでいます
    第一幕の「Io le dirò che l’amo(彼女に愛していると言おう)」では、同じメロディのアリアを最初はセルセ、つづいて歌詞を変えてアルサメーネが歌うなど、随所に工夫があって楽しいです

    こうした書法が、従来のバロックオペラに見られるレチタティーヴォで劇が進みアリアで停止するという繰り返しからの脱却となっています。
    現代の我々の耳には演劇的な要素が強く、飽きさせない構成だと思います。

    現代の――と書いたのは、初演当時《セルセ》は成功とは言い難かったのです。
    たった5回しか上演されなかったとか。

    流行から少し離れていたから不評だったというよりも、当時のロンドンではイタリア・オペラ自体の人気が下降していたのです。
    ヘンデルは新しい要素を取り入れて対抗したのかも知れませんが、功を奏したとは言えなかったようです。

    ヘンデルのオペラ《セルセ》の楽譜

    オペラ《セルセ》のクリティカル・エディション

    クリティカル・エディションとは、日本語で「比較校訂版」という意味です。
    作曲家の自筆譜、写譜家の手稿譜、出版譜などを比較検討し、もっとも妥当と思われる校訂を行ったエディションです。

    総譜(オケ譜、スコア)

    新ヘンデル全集がおすすめです。
    《セルセ》は新ヘンデル全集から出ているのでラッキーですが、出ていない場合のみクリュザンダー版を利用しましょう。

    値段が高いので、オケ譜は音大などの図書館でコピーさせていただき、勉強用には下で紹介するヴォーカル・スコアを使うのがよいかもしれません・・・

    ヴォーカル・スコア

    歌とピアノ伴奏だけで構成されている楽譜です。
    歌手の勉強用に最適。
    ベーレンライター社の楽譜がおすすめです。

    ヘンデルのオペラ《セルセ》の録音

    ドレスデン音楽祭で演じられた、古楽の名手クリストフ・ルセ指揮によるオペラの舞台がDVD化されています。
    すべてのレチタティーヴォ、アリアに日本語字幕がついています。
    また附属解説書も充実しており、オペラの台本の全日本語訳が載っています。

    最後に

    ヘンデルのオペラ《セルセ》には、Ombra mai fu以外にも魅力的なアリアがたくさんあります。

    その一部を以下の記事で紹介していますので、興味のある方はぜひお読みください!

     

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