今回は実際に曲を使って、数字付き低音譜のリアライズを解説するよ。後半は通奏低音の習得方法について。
これまでに、
【通奏低音解説】数字の読み方、弾き方を解説【基礎編】 では、数字付き低音譜の読み方を18世紀の教本を使って説明しました。
【通奏低音で伴奏】駆け出し奏者が歌の伴奏をする時の3つのポイント では、声楽の伴奏をするときや、歌手の譜読みを助けるときに気を付けているポイントについて書きました。
本記事ではカッチーニの「アマリッリ」で、実際に数字付き低音譜のリアライズを学びます。というか、イタリアの音楽院授業で学んだことをまとめます!
数字付き低音をリアライズして歌の伴奏をする
- 歌手が最初の音を取りやすいような前奏を弾く
- 右手は歌メロを越えない音域が望ましい
- 歌メロの3度下を弾くなど、対位法的に美しくからむよう気を配る
数字付き低音譜から前奏をつくる
「アマリッリ」のように前奏がない曲では、歌手が入りやすいように前奏を弾きましょう。
今回は、原曲の1小節目と5小節目のバッソをつなげて2小節程度の短い前奏を考えます。
右手はバッソと和声にあう、原曲の歌メロをアレンジしたようなものを弾けばOK。初期バロックのスタイルにあうようなやつね。
いやいや、そんなボヤっとしたこと言われても、何を弾けばいいか分からないんだが!?
というときに参考になるのが、同時代の鍵盤用アレンジ。16,17世紀、イタリアの声楽曲は音楽流行の最先端で人気があったので、ドイツやイギリスで楽器用にアレンジされていました。
カッチーニの「アマリッリ」も、イギリスの作曲家ピーター・フィリップス(1560/61~1628)による鍵盤楽器用の編曲が存在します。
ジュリオ・カッチーニはローマ県ティーヴォリの出身。
フィリップスのバージョンは原曲に忠実なアレンジではないので、カッチーニの書いたバッソと一致するわけではありません(そもそもカッチーニの楽譜は2分の4拍子、フィリップスは2分の2拍子)。でも初期バロックのスタイルを参考にできます。
「アマリッリ」イントロ例
通奏低音奏者がソロ楽器の伴奏をするときは?
歌手じゃなくてソロ楽器の伴奏をするときは前奏を弾かずに、アイコンタクトをして呼吸をあわせるだけでいいの?
そうだね。でも楽器が主旋律を奏で、チェンバロが伴奏を弾くスタイルの音楽が盛んになるのは、カッチーニの「アマリッリ」とは違う時代だよ。
POINTインプロヴィゼーション的な前奏を加えるのは、初期バロックのモノディ形式による声楽曲を演奏するときの習慣。
1600年前後には、器楽曲のさきがけとなるインタボラトゥーラはすでに存在していましたが、本格的にリコーダーソナタやヴァイオリンソナタが出てくるのは中期以降(1600年代後半)。そうした器楽曲に前奏を加える習慣はありません。
数字付き低音をリアライズする右手の音域
数字付き低音譜のリアリゼーションでは、通奏低音奏者の右手が弾くトップノートはできるだけ歌の旋律より低いほうがよい――とはいえ、歌メロが低くなったときなど例外はあります。
歌の旋律がReから始まる。
これを越えないように右手のトップノートはSi♭かSol。
歌メロを越えなければよいからといって、あまり離れた低い音を弾くのもよろしくないよ!
例2「アマリッリ」の最後のフレーズ
歌の旋律が高くなりMiまで上がる
通底奏者の右手もDoまで上がるとよい。
歌の音域が低いときは?
「アマリッリ」はテノールだからいいけど、バス歌手の音域で作曲された曲だったらどうするんだ?
初期バロックの作曲家ロドヴィーコ・ヴィアダーナ(1560-1627)は、歌の音域が低いときは伴奏も低く、歌の音域が高いときは高く弾こうと書いています。ただしカデンツァの箇所は例外で、オクターブで動く広めの音域で弾いた方がよい、とのこと。
ヴィアダーナによる1602年の文献
資料は、1602年にヴェネツィアで出版されたヴィアダーナの曲集の序文。
曲集の内容は「4声の様々な組み合わせによるオルガン伴奏のコンチェルト」、Web上で原文だけでなく、英語訳・ドイツ語訳も読むことが出来ます。
リンクはこちら Per sonar nel’organo li cento concerti ecclesiastici | IMSLP
上の表紙写真の6行目に「Con il Basso continuo per sonar nell’ Organo (オルガンで弾く通奏低音とともに)」と書いてあります。これが「通奏低音(basso continuo)」という言葉が使われた史上初めての印刷物だそう。
歌と通奏低音伴奏の音域の関係について
該当箇所の原文
Duodecimo. Che quando si vorrà cantare un concerto à voce pari, non suonarà mai l’Organista nell’acuto, & all’incontro quando si vorrà cantare un Concerto all’alta, l’Organista non suonar`a mai nel grave, se non alle cadenze per ottava; perche all’hora rende vaghezza.
読者である音楽家に対し、ヴィアダーナが実際の演奏について12個のアドバイスをする箇所の最後の部分です。
反対に、高声だけのアンサンブルの場合は、オルガン奏者は低音を弾くべきではない。
しかしカデンツァだけはオクターブの音域がきれいに聞えるので例外である。
歌の旋律の3度下を右手の和声の最高音にするテクニック
右手のトップノートが歌メロの3度下の音符になるといい感じだと習いました。
とはいえ平行5度・8度を避ける方が優先です。またバッソと反進行をこころがけなければならないし、いつも歌メロの3度下を弾けるわけではありません。
「アマリッリ」を例に3度下を弾ける箇所
「アマリッリ」では例えば9小節目で、通底奏者の右手トップノートが歌の旋律の3度下を弾くときれいです。
リアライズ(4分の2拍子、しかもト短調の調号で書いてしまった…)
歌手が譜読み段階の場合は歌メロを弾いてあげる
歌い手の中には伴奏者と一緒に譜読みしたいタイプの人がいます。
譜読みの手伝いを求められている場合は「【通奏低音で伴奏】駆け出し奏者が歌の伴奏をする時の3つのポイント」に書いたように、歌手が音程を覚えるまでは3度下を弾いたりせず、歌メロを弾いてあげましょう。
数字付き低音のリアライズを学ぶ方法
- 教科書やWebサイトで理論を学ぶ
- 実際にリアリゼーションしながら指導者に聞いてもらい、修正やアドバイス、コツを教えてもらう
- 歌手やソロ楽器奏者をつかまえて伴奏を弾かせてもらう
- 上記2と3を繰り返してレベルアップしていく
通奏低音の理論は独学でも学べる
理論を知るだけなら独学OK! 伴奏者をつとめる必要がない歌手やヴァイオリニストでも、バロック音楽を演奏する上で欠かせません。
本で数字付き低音譜の読み方を学ぶ
筆者が日本にいたころ使ったのは、18世紀ドイツの作曲家テレマンが書いた文献。
(Amazonを見ながら)
通奏低音の本いろいろあるにゃあ。なんでテレマンの本を選んだのだ?
だってテレマンは好きな作曲家だし、昔の人が書いた本で学べるなんて、タイムスリップしてるみたいでワクワクするじゃん!
……というミーハーな理由からでした。
教科書的に理論が書いてあるのではなく、ひたすら実例が載っています。
バロック時代のドイツ語の歌がたくさんおさめられており、そのどれもがいい曲。
通奏低音の勉強って和声法みたいなもので算数やってるみたいなんだけど、この本なら音楽やってる感じ! 演奏しながら学べるよ。
理論の説明は楽譜の欄外に「注」として書いてあるだけなので、勉強っぽくなくてワクワクしながら学べました。
Webサイトで数字付き低音譜の読み方を学ぶ
過去記事で基礎的な理論を解説しています
【通奏低音解説】数字の読み方、弾き方を解説【基礎編】 で、通奏低音の基礎的な理論を解説しています。
18世紀フランスの文献を使っているので、上のテレマンの文献とは習慣が異なる点があります。
通奏低音の数字の付け方や臨時記号の印は、国や時代によって、また作曲家によって異なります。
でもまあ音楽的に当然と思われる判断をすればよいので何とかなる!
現代のコード理論でも、CM7と書いたりC△7と書いたりしますよね。そんな感じです。
無料でダウンロードできるフランス語の教材
フランス語なのですが・・・Martial Morand氏が作成した通奏低音の教材があります。
Webサイト「通奏低音のメソッド | Méthodes de Basse-Chiffrée par Martial Morand」から無料でダウンロードできます。Volume1から3まであり、音楽院の授業でも使いました。
数字付き低音のリアライズに関するまとめ
バロック音楽でチェンバロ(もしくはオルガン)奏者が歌の伴奏をするテクニックとしては、
- 歌手が最初の音を取りやすいような前奏を弾く
- 右手は歌メロを越えない音域が望ましい
- 歌メロの3度下を弾くなど、対位法的に美しくからむよう気を配る
などが挙げられます。
でも通奏低音には例外も多いので、実際に伴奏を弾いたり、アンサンブルの中で演奏しながら臨機応変にコツをつかんでいきましょう。
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