バロック時代を代表する作曲家ヘンデルのオペラから、有名なアリア「私を泣かせてください(Lascia ch’io pianga)」の歌詞、日本語訳、ピアノ伴奏と、演奏時のポイントなどを解説します。
声楽を習い始めて半年から3年目ぐらいの方に向けて書きました。
「私を泣かせてください(Lascia ch’io pianga)」を聴く
ソプラノ歌手、岡田麻里さんによるLascia ch’io pianga(私を泣かせてください)です。
岡田麻里先生は小林音楽教室で教鞭をとっていらっしゃいます。岡田先生のレッスンを受けたい方は、小林音楽教室の公式サイトをのぞいてみてね(教室は東京都内のみ)。
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「私を泣かせてください(Lascia ch’io pianga)」の歌詞
ここでは全音楽譜出版社版の歌詞を載せます。おそらくこの記事を読む方は、全音版の楽譜で勉強されると思いますので。
全音楽譜出版社版の歌詞
レチタティーヴォ
Armida, dispietata!
colla forza d’abisso
rapimmi al caro Ciel di miei contenti,
e qui con duolo eterno
viva mi tiene in tormento d’inferno.
Signor! Ah! per pietà lasciami piangere.
アリア
Lascia ch’io pianga la dura sorte
e che sospiri la libertà.
Il duolo infranga queste ritorte
de’ miei martiri sol per pietà.
オペラ《リナルド》の台本と歌詞が異なる
「私を泣かせてください(Lascia ch’io pianga)」はオペラ《リナルド》の中のアリアです。
オペラでは、アリアの前に登場人物どうしの会話がレチタティーヴォで描かれます。
レチタティーヴォ
オペラの台本では、レチタティーヴォ最後の主への祈り「Signor! Ah! per pietà lasciami piangere.(神様、ああ! どうか涙を流すことをお許しください。)」がありません。
バロックオペラの登場人物たちは往々にしてギリシャ神話の神々の名は出すのですが、「主よ」という祈りは口にしません。
神聖な神の名を劇場で出すことは憚られたので、当時の台本作家たちは書かなかったそうです。
アリア
アリアの歌詞は一部異なっています。
全音版では「la dura sorte(つらい運命)」の箇所が、オペラアリアでは「mia cruda sorte(私の残酷な運命)」と歌われます。
全音版のヴァージョンは、ヘンデルのオリジナルのオペラスコアではなく、19世紀にヨーロッパで出回っていた楽譜を参考にしているようです。
「私を泣かせてください(Lascia ch’io pianga)」の対訳
レチタティーヴォ
アルミーダ、冷酷な女!
冥府の力で私を誘拐した、
あの喜びにあふれた美しい空で。
そしてここで、終わらない苦しみと共に
私を地獄の苦しみの中で生き永らえさせるとは。
神様、ああ! どうか涙を流すことをお許しください。
アリア
苦しい運命に泣くがままにさせて下さい
そして自由に焦がれることをお許し下さい
悲しみが、私の苦悩の枷を打ち砕きますように
ただ憐みのために。
イタリア語歌詞、単語の解説
日常語ではない単語に注釈をつけます。
バロックオペラのアリアは、日常生活では聞かないイタリア語がたくさん登場します。
「地獄の覇者よ・・・!」みたいなノリで、今の言葉でいえば中二病っぽい単語が散見する感じ。過去記事「オンブラマイフ以外にもヘンデルの《セルセ》には魅力的なアリアがたくさんあるよ」を読んでいただくと、バロックオペラの詩の雰囲気が伝わると思います!
dispietata
現代のイタリア語だと、spietata。
「無慈悲な、無情な、冷酷な」という形容詞です。つまりは「pietà (情け)」がない状態。
abisso
バロックオペラの歌詞に出てくるときは「地獄、奈落、冥府」などの意味で使われることが多い単語。
現代では、「深海、計り知れない深さ・量・差異、すごく深い淵」のような意味が一般的です。
rapimmi
rapimmiは、rapì + mi。動詞rapireの遠過去形とmi(私を、私に)が結合した形です。
rapireは「奪う、誘拐する」の意味。
infrangare
動詞 ingrangare は「破る、壊す」などの意。
ritorte
ritorte は ritorta 「拘束するための縄や紐」の複数形
これ以外の単語は大体『これなら覚えられる イタリア語単語帳』に載ってるよ! 見やすくて歌にも役立つからおすすめ。
イタリア語文法の独学に関するおすすめ本についても記事にしています
「私を泣かせてください」のピアノ伴奏
アリア部分のピアノ伴奏、中声用の楽譜ヘ長調です。
歌いやすいように前奏付きになっています。
「私を泣かせてください」の無料楽譜
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「私を泣かせてください(Lascia ch’io pianga)」の作曲家
「私を泣かせてください」の作曲家は、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685-1759)。バロック時代後期に活躍したオペラやオラトリオの作曲家として有名です。
ドイツ出身ですが主にイギリスで活動しました。
詳しいプロフィールは、同じヘンデル作曲である「オンブラ・マイ・フ(Ombra mai fù)の歌詞・対訳」のページに載せています。
オペラ《リナルド》について
「私を泣かせてください(Lascia ch’io pianga)」はオペラ《リナルド》の中で、アルミレーナという女性の登場人物が歌うアリアです。
オペラ《リナルド》が初演されたころのロンドン
オペラ《リナルド》は1711年にロンドンのヘイマーケット女王劇場で初演されました。
「オンブラ・マイ・フ(Ombra mai fù)の歌詞・対訳」のページに書いたように、ドイツ出身のヘンデルはイタリアで4年間、音楽修行をしていました。
そしてオペラ《リナルド》上演の前の年にロンドンに到着。
当時イタリアは音楽の流行最先端の地。そこからやってきたヘンデルが作曲したイタリア語のオペラは、流行に敏感なロンドンの聴衆に拍手喝采で受け入れられました。
私を泣かせてください(Lascia ch’io pianga)は焼き直し?
《リナルド》の作曲期間はとても短かったそうです。
ロンドンの聴衆はヘンデルの過去作品をよく知らないので、多くのアリアがイタリア滞在中に書いた曲から引用されたから。
といっても当時の作曲家にとって、自分が以前書いた曲を使いまわすのは普通のこと。
この習慣はロッシーニのころまで続いたそうです。
一部分、聴いてみましょう。そっくりですよね。
このアリアを歌う役は「快楽(Piacere)」。このオラトリオの登場人物(?)は、美、快楽、時、悟りです。
カトリックの中心地ローマではオペラの上演が禁止されていたので、このような寓話劇が演じられていました。
でも聴いてもらえば分かるように、音楽的にはオペラと変わらないスタイルで作曲されているよ。台本を教育的にすることで、オペラの代わりに演じられていたんだね。
だから、上記のチェチーリア・バルトリのアルバムのタイトルは「禁じられたオペラ(Opera proibita)」なのです。
オペラ禁止時代のローマで作曲された、ヘンデルやカルダーラの美しい音楽がたくさん含まれています。
僕は「私を泣かせてください(Lascia ch’io pianga)」より「棘はいいから薔薇をお摘み(Lascia la spina cogli la rosa)」のほうが好きだなあ。
享楽的な詩が官能的でそそられるねっ!
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オペラ《リナルド》のあらすじ
《リナルド》のあらすじは、十字軍の英雄リナルドが、イスラム教国の王やその恋人の魔女と戦うというもの。
「私を泣かせてください(Lascia ch’io pianga)」を歌うアルミレーナはリナルドの婚約者。リナルドが遠征から戻ったら結婚を誓っています。
しかしアルミレーナは幸せのさなか、敵国の魔女アルミーダに誘拐されてしまいます。
囚われの身となったアルミレーナの美しさに、敵国の王アルガンテが惹かれて口説き始めるけれど、アルミレーナは婚約者であるリナルド一筋。
アルミレーナの美しさをほめたたえながら、でも解放するわけにはいかないと言うアルガンテに対して歌うのが「私を泣かせてください(Lascia ch’io pianga)」。
愛する人と幸せな時間を過ごしていたのに突然さらわれた、私のこの悲惨な運命にただ涙を流させて」
と歌うアリアです。
オペラ《リナルド》のCD
オペラ《リナルド》はたくさん録音が出ています。
チェンバロ奏者、指揮者としてだけでなく、音楽学者としても名高いクリストファー・ホグウッドが指揮を振っている録音も。
アルミレーナを歌うのは「棘はいいから薔薇をお摘み(Lascia la spina cogli la rosa)」の試聴でも取り上げたチェチーリア・バルトリ。タイトルロールのリナルド役は、カウンターテナーのデイヴィッド・ダニエルズです。
バルトリは声が美しいだけではなく、とてもエモーショナルで素晴らしいのですが、アルミレーナ役には力強すぎるかな~と思いました。
魔女より強そう。囚われの身になるとは思えないぞ!
と、ツッコミたくはなるものの、やっぱりうまいし、ホグウッドの音楽解釈は信頼できるし、よい録音だと思います。
ホグウッドはヘンデルに関する分厚い書籍も出しています。音楽的な面だけでなく、ヘンデルの人柄も伝わってくるような良書。読みごたえあっておすすめですよ。
「私を泣かせてください」を歌うときのポイント
歌うときのポイントを、レチタティーヴォ、Aパート、Bパートに分けて解説します。
もし可能なら、Da capoして歌うAパートには装飾を加えましょう。
レチタティーヴォ
レチタティーヴォの練習方法は、
- まず楽譜通り歌えるようにします。
退屈でも、音程とリズムを正確に、歌詞を入れずにアなど歌いやすい母音で歌ってみましょう。 - 音程とリズムを体が覚えたら歌詞を入れます。まだ、崩さずに楽譜通り。
- イタリア語の歌詞をしゃべってみて、言葉のフレーズ感を生かせるようにリズムを速くしたり、引き延ばしたりしてみます。
自然なイタリア語のニュアンスを知ることが必要なので、指導してくださる先生に表現豊かに音読していただき雰囲気をつかみましょう!
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CD付きなので耳からもしっかり学べます。
日常会話やイタリアンポップスを歌うイタリア語ではなく、歴史あるクラシックを歌うためのイタリア語発音が学べる本。
日本語で読める本なのに、イタリアの音楽院の先生から勧められてびっくり。著者のチェラントラさんと先生が知り合いだったのにゃ。
A部分
歌いだしの「Lascia ch’io pianga」
(楽譜はIMSLP ペトルッチ楽譜ライブラリーよりChrysander版オペラスコア)
アリアの歌い出しの言葉、「Lascia ch’io pianga」は意味的にも、話し言葉で考えても途中で切らずに言う方が自然です。にも関わらずフレーズの途中に休符が書かれているので、これは表現のためだと考えましょう。
アルミレーナは涙を流しながら、絶え絶えに言葉をつむいでいるのかも。
だからこの休符ではブレスを取ったりせず、息は流したままで歌うべし。
跳躍するフレーズ「e che sospiri」
「e che sospiri」を2回繰り返す箇所は、1度目は6度の跳躍、2度目は4度の跳躍ですが、短い中で音域の広いフレーズとなっています。
フレーズの最初の音Laは中音域ですが、口蓋を下げずに歌い始めましょう。
1回目の「Sospiri」で下のSolにたどりついたときも口蓋が下がらないように。次のフレーズの最初の音Reがきれいに響かなくなってしまいます。
Sospiriはため息という意味です。たっぷりとした息で歌いましょう。
またフレーズの最高音Solについている単語は「Che」。エ母音で高音が歌いにくいときは、口を横に引いている可能性があります。なるべく縦に開けるイメージで。
B部分
バロックオペラのアリアでは、A部分とB部分の表現にコントラストを付けることが多いです。
このアリアの場合は、AもBも嘆いているのですが、差を出すとしたら、
- A部分は自由への憧れの涙
- B部分はより苦悩を歌う
声の上に違いを出すとしたら、Aのほうがやわらかく、Bは厳しめに、というところでしょうか。
初歩のうちに勉強する曲としては、音域が少し高めです。特にB部分。
高音がなんだか出しにくいな、というときは、
- 姿勢を確認。
首が前に出ていないか、肩が前側に入って胸がせまくなっていないか、骨盤が寝ておなかを突き出すような立ち方になっていないか、など。 - 息はたっぷり吸えているか? 必要な量をはいて歌っているか?
- 喉に無駄な力を入れていないか? 舌根やのどぼとけをチェック。
など確認してみましょう。
高音の発声についてもっと詳しく知りたい方は「高い声を出す方法、声楽の頭声の出し方」を読んでみてください。
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くれぐれものどは大切にね。
最後に管理人が気に入ってイタリア留学にも持ってきたのど飴を紹介するよ。
歌ったあとの喉の疲れがとれるし、発声前になめておくと声が出やすい気がする……さすが国立音大声楽科との共同開発。
失敗しない声楽の先生の選び方について書いています。SNSで出会った最初の先生とは友人のような関係で楽しかったけれど、いまから思えば先生選びの失敗例でした。日本では音大に通わず個人で勉強してきた管理人だから書ける、自分に合った声楽の先生を探すための記事です。
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