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数字付き低音譜をリアリゼーションできるようになりたい。
初心者向けの解説を読みたいな・・・
という方に向けて、イタリア国立音楽院の古楽科で勉強中の管理人が【Webで通奏低音レッスン!】な解説記事を書きます。
通奏低音って独学できるの!?
理論に関してはじゅうぶんに独学可能。むしろレッスン前に予習したほうが効率が良いかも…詳しくは「通奏低音は独学で弾けるようになる?個人レッスンを受けるメリットは?」に書いています。
筆者自身もイタリア留学前に、18世紀ドイツの人気作曲家テレマンが書いた通奏低音の教本で勉強したので、音楽院のレッスンがスムーズに受けられました!
通奏低音解説【Webで通奏低音レッスン!】について
【Webで通奏低音レッスン!】は通奏低音のバス課題→リアリゼーション回答例の順に並んでいるよ。
クイズを解くつもりで読んでみてね!
文中の譜例は1707年に発表されたミシェル・ド・サン・ランベールの著作『チェンバロ伴奏新論』と、1719(1718?)年に発表されたジャン=フランソワ・ダンドリューの著作『チェンバロ伴奏の原則』からお借りしました。
イタリアの音楽院でフランスの著作を用いて勉強するのは、フランスの通奏低音の慣例がシンプルで基本を理解しやすいからだそうです。
フランス→ドイツ→イタリアの順で学ぶのがベストだそう。イタリアの数字付き低音譜は(想像つくけど)、あまりシステム化されておらず例外が多く、学習者にはやっかいだとのこと。
この記事を読めば、1690~1720年頃のフランスにおける通奏低音の理論的基礎はバッチリです。では始めましょう。
通奏低音解説 – 基本形の和音(fondamentale)
通奏低音の楽譜は「数字付き低音譜」と呼ばれることもありますが、バッソ(バス、ベース音)が基本形の位置にあるときは、何も数字を書きません。
例えばハ長調のとき、
- バッソがDo→Do Mi Sol
- バッソがSol→Sol Si Re
- バッソがMi→Mi Sol Si
という具合にバッソに対して1度、3度、5度の音を重ねます。
歌手が伴奏のコードを理解したいだけならここまででOKですが、チェンバロ奏者が実際に右手でコードを弾くときには注意しなければならないことがあります。
- 平行5度、平行8度を避ける
- 右手はなるべく音程が近い和音に移行する
- バッソとソプラノ(右手で弾く和音のトップノート)は反進行を心がける
以上を念頭において実際に弾く場合は、例えばこんなリアリゼーションが考えられます。
上の譜例では、最初の和音のトップノートがバッソのオクターブの位置から始まっていますが、3度や5度の位置から始めても構いません。
実際に伴奏するときは、歌やソロ楽器の音域にあわせて選びます。
通奏低音「バスに6が振られた和音」を解説
バッソに数字の6が振られているときは、リアリゼーションに2種類のパターンが見られます。
- 3度と6度を重ねるパターン
三和音の第一転回形となります。 - 3,4,6度を重ねるパターン
Ⅴ7(属七)の第二転回形やⅡ7の第二転回形となります。
このようにバッソに付く数字をcifre(チーフレ)と言います。
cifre6の和音(第一転回形)
数字の6が振られているときは、通常バッソの上に3度と6度を重ねます。
- バッソがDo→Do Mi La
- バッソがMi→Mi Sol Do
となるので、クラシックの音楽理論で言えば第一転回形の和音です。
クラシックの和声法では3度の重複は避けねばなりませんが、18世紀初めの頃は禁止事項ではありませんでした。
ですので、上記のバッソに対するリアリゼーションは以下のような例が挙げられます。
導音の重複を避ける
しかしバッソが導音のときは、これを重ねてはいけません。
右手で三和音を弾くためには、以下の方法があります。
- バッソから数えて3度の音をオクターブで重ねる
(下記譜例後半のバッソ#Solを参照)。 - バッソから数えて6度の音をオクターブで重ねる
(下記譜例前半のバッソ#Faを参照)。 - バッソから数えて減5度の音を重ねて、属七の和音を作る。
(oppureは”もしくは”の意味。
前半、後半で別々の例を挙げています)
バッソから数えて3度の音を重ねるか、6度の音を重ねるかは、右手のポジションによって選択します。
この方法は、cifre6和音が連続するときに平行5度・8度を避けるためにも用いることができます。
バッソが上行進行のとき
サン・ランベールの教則本によれば、
「(6の数字が続くとき)バッソが上がっていくときは、1音目の上では単純な和音(バッソを重ねる)を弾き、2番目の音の上でオクターブを重ねる形を右手で弾くのが望ましい」
と書かれています。
cifre6の和音に4度を追加するとき(属七の第二転回形)
バッソに数字の6もしくは#6が振られているとき、3度と(増)6度に加えて4度も弾く例があります。
- バッソがRe→Re Fa Siではなく、Re Fa Sol Si
となります。
この場合もたいてい数字の6しか書かれていません。
346と書いてくれる丁寧な楽譜は珍しいと思います。
今日でいう属七の第二転回形ですが、18世紀には「6の和音」の一種に分類されていました。
フランス語では「petite sixte(小さな6度)」と呼ばれていたそうです。
上記のバッソをリアリゼーションした譜例は――
ほかにもいろいろな回答例が可能です。
これはサン・ランベールが挙げている模範解答の一例になります。
通奏低音の数字、#6とは?
バッソから見て6度上の音に#を付ければよいだけです。
上の譜例だと、バッソLaに「#6」が書かれている場合の和音は、
- La Do Fa#
- もしくは4度を加えて、La Do Re Fa#
となります。
どんなときに4度を加えるか
教科書には「バッソが2度(ハ長調ではRe)から1度(Do)もしくは3度(Mi)へ動くとき」と書かれています。
上の譜例で La #6 の箇所は、ト長調に部分転調しているとみなします。
和声的にはドミナント・モーション(Ⅴ→Ⅰ)になる時だと言えます。
不協和音はいつも協和音に解決
バッソの上に、3,4,6度を重ねた場合、3と4が不協和音を形成します。
この不協和音は、半音下がって協和音に解決します。
古典派以降の音楽理論で理解するならば、和声法の記事に書いた「7度は順次進行で解決すること」が守られているといえます。
短調で6の和音に増4度を追加するとき(Ⅱ7の第二転回形)
ここでは同じ時代のフランスのほかの教則本、1719(1718?)年に発表されたジャン=フランソワ・ダンドリューの著作『チェンバロ伴奏の原則』を参考にします。
短調でバッソがⅥ→Ⅴと動いているときのⅥの音に数字の6が振られている場合、「3,#4,6」を弾くことが適している場合があります。
上記の譜例は、ニ短調でバッソが6度(♭Si)→5度(La)と動いている例です。
サン・ランベールは、譜例左側のようにGマイナーの第一転回形を弾くこととしています。
一方でダンドリューは譜例右側のように、増4度であるMiを加えるリアリゼーションを必須としています。
通奏低音演奏における第二転回形の和音を解説
バッソに数字のが振られているときは、バッソの上に4度と6度を重ねます。
和声法の理論でいえば、三和音の第二転回形の和音となります。
リアリゼーションした譜例は以下の通りです。
1小節目から2小節目にかけては、Mi-Sol-Doの和音があらかじめ準備されて使われています。
3小節目から4小節目にかけては、右手の和音が順次進行となっています。
またを使ったあとは、どちらも下がって解決しています。
通奏低音で弾くセブンス・コードの第二転回形の解説
バッソにが振られているときは、バッソの上に3度と5度と6度を重ねます。
和声法の理論でいえば、セブンス・コード(四和音となる”七の和音”)の第二転回形となります。
上記の譜例では3回とも、バッソのⅢ-Ⅳ-Ⅴ進行の中でcifre6に続いてが振られています。
サン・ランベールの著書でもダンドリューの著書でも、いつも6→の形であらわれます。
リアリゼーションした譜例は以下の通りです。
5度と6度が作る不協和音は準備され、順次進行で下がって解決しています。
通奏低音の属七第一転回形を解説(導音に♭5)
上の楽譜では「♭5」と記されていますが、5に斜線(/)が入った書き方もよく見られます。
どちらもバッソに対して3度と減5度の音を重ねることを意味します。
上記の譜例では♭5は3つとも導音に振られています。
このように導音→主音への動きをみつけたら、「6」の記載がなくても6度の音を重ねましょう(クラシックの和声法で言えば属七の第一転回形となります)。
つまり……
となります。
和声的には、すでに書いた「6の和音に4度を追加するとき(属七の第二転回形)」の繰り返しになりますが、減5度の音はバッソに対して不協和な音となりますので、必ず順次進行で下がって解決します。
一方、バッソが導音でない場合は、6度を追加する必要はありません。
数字通り、3和音で弾きます。
通奏低音の掛留音、sus4を解説
数字の4が振られたときは、4度に加えて5度を重ねます。
ポップスのコード理論で「sus4(サス・フォー)」と呼ばれる和音になります。
この4度の音は、クラシックの音楽理論では掛留音と呼ばれる経過音です。
掛留音はいつもひとつ前の和音で準備され、4度と5度が作る不協和音は順次進行で下がって解決されます。
上の楽譜をリアリゼーションした譜例は……
このようになります。
なお上記の譜例のようにバッソに4が振られていなくても「通常カデンツァでは、バッソの最初の音には4,5,8度を重ね、次の音には長3度と5度、8度を重ねること」とサン・ランベールは書いています。
一方ダンドリューが示した譜例では、バッソの2番目の音にはめったに7度を加えていません。
シンプルに長三和音を弾くにとどめている例がほとんどです。
通奏低音の属七の第三転回形を解説(バッソに#4)
4と#4では和声的には大きく意味が異なります。
#4が付されたバッソの次の音を見て、1音か半音下がって解決しているときは、2,#4,6度を重ねて弾きます。
和声法で言えば属七の第三転回形となります。
ほとんどの場合、cifre6の和音に解決します。
上の譜例では#4のあとに6は書かれていませんが、書かれていなくても通奏低音奏者が判断して弾くことになります。
#4は、、、などと書かれることもあります。
また稀に数字の2のみが付けられることもあるようです。
こちらのリアリゼーション例は以下のようになります。
通奏低音のセブンスコード解説(バッソに数字の7)
七の和音が登場するのはカデンツァの属七の和音だけではありません。
ここでは掛留音として使われるセブンスコードの譜例をあげます。
ここでも掛留音は前の和音で準備され、不協和音は順次進行で下がって解決しなければなりません。
たとえ作曲家がバッソに数字を書き入れていなくても、リアリゼーションのときに7度の音が半音もしくは全音下がって解決するように弾く必要があります。
上記譜例のリアリゼーションの一例です。
7のあとにcifre6は振られていませんが、例えば3小節目(弱起は数えず)のバッソLaの7度はSolですので、半音下がって#Faに解決しなければなりません。
そのため3拍目のLaに6はついていませんが、Do-#Fa-Laを弾いています。
同様に4小節目もバッソSiの7度の音であるLaがSolに下りて解決しています。
以前に書いた和声法の記事でもふれた内容ですが、セブンスコードには完全形(completa)の和音、5度を抜いた不完全形(incompleta)の和音の2種類の形があります。
平行5度や平行8度を避けるために、右手のリアリゼーションは適宜5度を抜いた形も使いましょう。
通奏低音解説のまとめ
基礎編はここまでで終わりにします。
最後に、バッソの上に何度の音を重ねれば和音が作れるかを簡単にまとめました。
数字の振り方にも複数の流儀があるし、曲の流れによってリアリゼーションも適宜変えなければなりませんが、基本形として頭に入れておくと便利です。
- 無印→3,5,8
- 6→3,6,8。もしくは3,♭5,6。もしくは3,4,6。
- →4,6,8
- →3,5,6
- ♭5→3,♭5,6
- 4→4,5,8
- #4→2,#4,6
- 7→3,5,7もしくは3,7,8
通奏低音を弾き慣れるとこんなメモを見なくても、右手が勝手に動くようになります。
理論も大切ですが、最終的には実践の数をこなすことが一番だと思います――と、自分に言い聞かせて練習がんばります(笑)
実践については、ヴェネツィア音楽院でカッチーニの「アマリッリ」の伴奏を学んだので記事にまとめました。
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