この記事では、カッチーニ作曲「アマリッリ(Amarilli, mia bella)」の歌詞、日本語訳、ピアノ伴奏、発音と、演奏時のポイントなどを解説しています。
声楽を習い始めて半年から3年目ぐらいの方に向けて書きました。
管理人は現在イタリアに留学して、バロック時代の声楽を学んでいます。
「アマリッリ」はバロック時代初期の作品ですので、バロック音楽の魅力が伝わるような記事にしたいと思っています!
アマリッリ(Amarilli, mia bella)の歌詞
Amarilli, mia bella
non credi
o del mio cor dolce desio
D’esser tu l’amor mio?
Credilo pur
e se timor t’assale
dubitar non ti vale
aprimi il petto e vedrai scritto in core:
Amarilli é’l mio amore.
17世紀の曲集「新音楽」版の歌詞
アマリッリ(Amarilli, mia bella)の歌詞は、作曲家自身が出した曲集――1601年編集、1602年出版の「新音楽(Le nuove musiche)」では、「dubitar non ti vale」の部分が「Prendi questo mio strale」となっている。
IMSLPの「Le nuove musiche」のページを参照。
アマリッリの日本語訳、対訳
アマリッリ、私の美しい人よ
あなたは信じないのか
おお、我が心の甘い希望よ
あなたこそ我が愛だということを?
どうかこのことを信じてくれ
たとえ不安があなたを襲っても
疑う必要はない
この胸をひらけば、心に刻まれているのを見るだろう、
アマリッリは我が愛と
基礎的なイタリア語単語を知りたいなら『これなら覚えられる イタリア語単語帳』がおすすめ!
「新音楽」版アマリッリの日本語訳
後半部分は、
この胸をひらけば、心に刻まれているのを見るだろう、
アマリッリは我が愛と
となる。
この時代の歌詞に矢がでてきたときは、ほぼ間違いなくクピドが持っている愛の矢を意味している。
クピドとは英語のキューピッド。羽の生えた小さな子供の姿をしており、目隠しをして矢を放つ。その矢に当たった者は恋に落ちるという話。
「この矢を手に取って胸をひらいて、心に刻まれた文字を見る」って表現、具体的すぎてなんか怖いんだけど……
この雰囲気こそイタリアの初期バロック! 荒削りな感情をそのまま詩や音楽に投影するから、やりすぎ? ちょっとおおげさ? って感じるかも。
それでも趣味が悪くならない、貴族的な雰囲気を保てるぎりぎりのところを攻めていく感じだよ。
単語の解説
難しい単語、現代のイタリア語では使わない言葉や意味の異なる単語、日常語ではなく詩の言い回しなどを解説。
desio
desioはdesiderio(願い、欲求)の文語体。
assale(assalire)
assaleは動詞assalire(襲う、悩ます)の三人称単数形。
「se timor t’assale」はtimor(恐れ、不安)が主語。ti assale(あなたを悩ませる)がt’assaleと省略形になっている。
イタリア語文法に興味がある? 勉強を始めてみたいなら『辞書なしで学べる 入門 イタリア語の最初歩』がおすすめ!
アマリッリ(Amarilli, mia bella)の歌詞の発音
イタリア語の発音をすべてカタカナで表すことは不可能なので、目安。
日本語と異なるのは母音のU。日本語の「ウ」より深いところで発音する。
RやLで終わる単語の発音のコツ
cor, amor, pur, timorなど語尾の母音eが落ちて子音rで終わっている単語を「ru」と発音しないように。巻き舌にして、母音を入れずに止めるとよい。
また、delも「delu」と言わないように、さらに「der」にもならないように。lはrと比べると、舌の位置が前の方――上の前歯に近づく。
「アマリッリ」の発音目安
アマリッリ ミア ベッラ
ノン クレーディ
オ デル ミオ コール ドルチェ デズィオ
デッセル トゥ ラモール ミーオ?
クレーディロ プール
エ セ ティモール タッサーレ
ドゥビタール ノン ティ ヴァーレ
アプリミ イル ペット エ ヴェドゥライ スクリット イン コーレ
アマリッリ エル ミーオ アモーレ
曲頭の「アマリッリ」は呼びかけを意識して歌うこと。
二重子音は日本語の促音(ちいさな「っ」)と同じような発音だけど、息は流し続けるイメージで。
歌うためにイタリア語発音を磨きたいなら『伝統のイタリア語発音―オペラ・歌曲を歌うために』がおすすめ。
CD付きなので耳からもしっかり学べます。
日常会話やイタリアンポップスを歌うイタリア語ではなく、歴史あるクラシックを歌うためのイタリア語発音が学べる本。
日本語で読める本なのに、イタリアの音楽院の先生から勧められてびっくり。著者のチェラントラさんと先生が知り合いだったのにゃ。
アマリッリ(Amarilli, mia bella)のピアノ伴奏
中声用(ト短調)のピアノ伴奏。
アマリッリ(Amarilli, mia bella)の楽譜
無料で利用できる楽譜(パブリックドメイン)
パブリックドメインの楽譜を無料でダウンロードできるサイトIMSLPに、アマリッリの楽譜がある。
17世紀に出版された原典版
1602年にフィレンツェで出版された「新音楽(Le nuove musiche)」をIMSLPの「Le nuove musiche」のページからダウンロードできる(アマリッリは8曲目)。
コンピュータでうちなおしたものもUPされていて、現代の印刷譜と遜色ない読みやすい楽譜になっている。
19世紀に出版されたパリゾッティ版
上記の原典版は、通奏低音の仕組みが分からないと和声付けできないので、ピアノ用に編集した伴奏がついているパリゾッティ編集版も紹介。
>>「IMSLP」の「Arie antiche」のダウンロードページ
アマリッリはVolume2の5曲目に収録されている。
全音版の歌詞はパリゾッティ版と同じ
原典版とパリゾッティ版では、すでに書いた通り一部歌詞が異なるのだが、日本で声楽を学ぶ方が通常使う全音楽譜出版社の「イタリア古典アリア集」はパリゾッティ版の詩が採用されているので、声楽レッスンに持っていくならパリゾッティ版をプリントしたほうがよいかも。
ただしバロック声楽のレッスンなら、原典版を持っていこう
声楽の学習のために購入するなら
本格的に声楽を勉強する場合は、全音楽譜出版社のイタリア古典歌曲集を購入することになるはず。
音域にあわせて、低声用・中声用・高声用と選べます。師事する先生のアドバイスに従って選べばOK!
模範歌唱・ピアノ伴奏付きの楽譜もある
楽譜に2枚組CDがついているのが、2CD付 独習と受験のためのイタリア歌曲集(1) (原詩朗読・範唱CD+伴奏CD) 歌唱監修=畑中 良輔。
- イタリア人による歌詞の朗読
- 声楽家による模範歌唱
- プロのピアノ伴奏
おさめられているのは19曲。全音楽譜出版社のイタリア歌曲集全曲を網羅しているわけではありません。
収録曲は下の +ボタン を押してご覧ください。
Lasciatemi morire! / モンテヴェルディ
Intorno all’idol mio / チェスティ
Le violette / スカルラッティ
O cessate di piagarmi / スカルラッティ
Se tu della mia morte / スカルラッティ
Tu lo sai / トレッリ
Deh, piu a me non V’ascondete / ボノンチーニ
Caro laccio,dolce nodo / ガスパリーニ
Per la gloria d’adorarvi / ボノンチーニ
Se tu m’ami / ペルゴレージ
Selve amiche / カルダーラ
Piacer d’amor / マルティーニ
Nel cor piu non mi sento / パイジェッロ
Il fervido desiderio / べッリーニ
Ma rendi pur contento / べッリーニ
Ancora! / トスティ
Segreto / トスティ
Quando ti rivedro / ドナウディ
アマリッリは1曲目!
楽譜は購入済みで模範歌唱だけ欲しい場合は…
全音楽譜出版社のイタリア古典歌曲集(1)[新版] の全ての曲についてお手本が欲しい方は、2枚組CD「イタリア歌曲集」が便利。
イタリア古典歌曲集(1)に載っている曲を網羅する38曲入りなので、歌手の声に好き嫌いはあれど勉強の助けになります。
アマリッリの作曲家、カッチーニ
ジュリオ・カッチーニ(Giulio Caccini, 1545?-1618)はルネサンス後期に生まれたイタリアのテノール歌手で作曲家。
カッチーニが活躍したころの音楽シーン
音楽史におけるバロック時代は1600年頃からとされている。
実際にはイタリアのフィレンツェのような文化先進地ではすでに1500年代後半からはじまっていた。
というよりむしろ、バロック音楽は1570~80年代のフィレンツェで人為的に生み出されたのだ。
カッチーニとカメラータ・デ・バルディ
フィレンツェには、貴族が歴史学者や音楽家、詩人など文化人を集めて作ったカメラータ・デ・バルディ (Camerata de’ Bardi)というグループがあった。
彼らの目的はギリシャ悲劇の復興。
カメラータの中にカッチーニもいた。
ほかにはガリレオ・ガリレイのお父さんもいて、彼はリュート奏者で作曲家、音楽理論家だったんだよ。
カメラータのこころみ
カメラータの面々は、ギリシャ悲劇のせりふは歌うように語られたと信じていた。
彼らは古代ギリシャの音楽を現代(←ルネサンス後期)に復活させようとしたのだ。
そのこころみは結果的に、歴史的考察と音楽理論を駆使して新しい音楽様式を誕生させることになった。
バロック音楽やオペラの幕開けである。
ルネサンス音楽とバロック音楽の違い
当時(ルネサンス)の音楽はほとんどが歌。複数の声部がある多声音楽だった。
多声音楽の欠点は歌詞が聞き取りにくいこと。
独唱って一人で歌うことだね。
カメラータ・メンバーの理想はギリシャ悲劇を復活させることだったんだから、演劇なら一人でしゃべる・歌うのが自然だよね。
和声的に不協和な音が使われたら、それは強い感情を意味するとか、
旋律に装飾が加えられるのは、歌詞の主人公の気持ちが大きく動いているとき、とか。
独唱と詠唱という新しい様式が考え出されたことで、オペラが生まれるのだ。
しかし我々がイメージする文化的娯楽であるオペラの姿になるには、商業都市ヴェネツィアの影響が欠かせない……
続きの話は、筆者の過去記事「バロックオペラの歴史」をご覧ください。
関連記事 カヴァッリ,ボノンチーニ,ヘンデルの《セルセ》から紐解くバロックオペラの歴史
カッチーニの曲集「新音楽」
「Le nuove musiche」はまさしく「新しい音楽」という意味。
カッチーニ自身が書き上げたのは序文から1601年2月だと分かるが、出版は翌年1602年の7月。
IMSLPのページで全文を読むことができる。
>>IMSLPの「Le nuove musiche」のページ
「新音楽」序文はカッチーニが書いた歌唱指南書
曲集の冒頭には、どのように歌うべきか解説した結構長い序文がついている。
カメラータの集まりで生み出した新しい音楽様式で書いた曲を、世の音楽家たちに正しく伝えたい、広めたいというカッチーニの意図が感じられる。
たとえば、装飾音のトリッロとグルッポについて。譜例付きで解説されている。
現在トリルと呼ばれている者は、グルッポのほうだと分かる。
当時の歌手たちに向けて歌い方を指導する目的で書かれたものだが、現代の我々が初期バロックの歌い方や趣味を研究する上で絶好の資料。
伴奏楽器について
古代ギリシャの楽器と言えば「キタラ」や「リラ」。カッチーニは序文の中で、「歌の伴奏にはキタローネ」が最適と書いている。
キタローネ、もしくはテオルボと呼ばれたギター系の弦楽器が、バロック時代を通して通奏低音を演奏する楽器として活躍することとなる。
カッチーニ「新音楽」のおすすめCD
正確には「新音楽」だけでなく、その後出版されたもう1冊の曲集「Nuove Musiche e nuova maniera di scriverle(新音楽と新書法)」の両方から選曲されている。
古楽界の名歌手だったモンセラート・フィゲーラスが歌っています。アマリッリは10曲目。
こまかい装飾音の入れ方や、タクトゥス(基本の拍)を守りながらテンポ・ルバートするリズムの揺らし方など、初期バロックらしい技法が参考になると思います。
新品を手に入れるのは難しそう。図書館にあるかも。
アマリッリ(Amarilli, mia bella)の歌い方、解説
「アマリッリ」はマドリガーレ
「イタリア古典アリア集」に入っているけれど、アマリッリはマドリガーレというジャンル。オペラアリアではありません。
マドリガーレは、ルネサンスからバロック時代初期にかけて人気のあった独唱歌曲。
詩のテーマは大体「牧歌劇」。羊飼いの若者がニンフの少女に恋をする田園の物語が、都会の暮らしや政治に疲れた貴族たちに好まれたそうだ。
和声から作曲家の意図を知る
さきほど「和声的に不協和な音が使われたら、それは強い感情を意味する」と書いたように、和声に着目することで作曲家が求めている表現を考えることができる。
不協和音程にこめられた思い
「dolce desio (甘い希望)」のdolceという単語をのばしている間に、バスがSi♭からMi♭にかわり、歌メロのReと7度の不協和音程を作る。
バスに7がふられているので、ここも7度の和音になる。コードネームで言うと、E♭△7(メジャーセブンス)。
(楽譜はIMSLPの「Le nuove musiche」のページからお借りしています。パリゾッティ版ではなく原典版を使用)
7度の和音って不協和音じゃなくない!?
7度の響きに向けてクレッシェンドしていくように歌おう。
ほかにも不協和音が付けてある箇所がないか、確認してみてね!
同じ言葉が繰り返されるとき
マドリガーレは、オペラセリアのアリアのように歌詞が何度も繰り返される様式ではない(オペラセリアとは? バロックオペラについて説明した過去記事をお読みください)にも関わらず、同じ言葉が繰り返されるときは表現について考えてみると楽しいかも。
「アマリッリ」と3回繰り返します。和音がGm→D→G→C→A→A→Gmと変化。聴いているとト短調から、アマリッリの名を繰り返すうち気持ちが高まってト長調、ハ長調とメジャーキーに移調していくように聴こえる。
歌の旋律がだんだん高くなりながら、短調から長調に向かっていくという変化を表現に生かそう。
最高音Miをきれいに出すには
「アマリッリ」はほとんど1オクターブにおさまる音域で書かれている。最高音は最後に出てくるMi。
ト短調からト長調に転調したところで最高音が出てくる、とても開放感のある曲調だ。
過去の声楽ノートを読み返すと、
「声区の変わり目であるMiの音をi母音で、しかも伸ばさなければならないのは難しい」
と書いていたので、Miの音をi母音できれいに歌うコツを書いてみました。
- 44小節目の真ん中でたっぷり息を吸う。
拍通り次に進まなくて大丈夫なので、落ち着いて深呼吸するように深くブレスを取ろう。
また、息を吸うときに口蓋がふわっと上がるイメージで。 - フレーズの頭のReから充分に高いところに響かせる。
- 声種によるけれど、Reからは口を縦にあけるイメージをもったほうがよい。レッジェーロのソプラノとテノールには不要かもしれない。
- a母音であけてもiになった途端閉じたら意味ない。また、i母音のとき口を平べったく横に引かないように。
- フレーズを歌いはじめるとき、おなかを内側に引っ込めない。無理に外側に張る必要はない。
- Miの音で伸ばしている間に息を吐き続ける。小さく始めてクレッシェンドすると古楽っぽくなる。
細かく動く音符の歌い方
最後に出てくるメリスマは、上からトントントンと軽くふれるように歌う。
この部分に限らず細かい音符や、古楽に出てくるメリスマの練習方法は以下の通り。
- 確実に正しい音程で歌える、超ゆっくりスピードでレガートに歌う。
きれいに響く正しい発声で歌うこと。 - 同じはやさでスタッカートで歌う。
初歩のうちはスタッカートで歌った途端、音程がおかしくなるので練習する。
スタッカートで歌うと音程が狂うのは、レガートのときもアタックの瞬間は微妙にピッチがずれていて、0.2秒後にスライドして合わせるような歌い方をしている証拠。 - 超ゆっくりスピードのスタッカートで正しい音程で歌えるようになったらメトロノームを用意。スマホのアプリで充分。
- メトロノームではかりながら、2~3bpmずつテンポを上げていく。
- この練習を毎日していれば、そのうち歌えるようになる。
正しい音程で歌えているか歌いながら判断できない場合は、録音してプレイバックしてみよう。
ボイスレコーダーはレッスンの録音だけじゃなく、毎日の練習でも活躍するよ。特に発音のチェックにお役立ち。
筆者が買ったのは前の機種R-05。7年ぐらい前に買ったけど今も現役。練習に、レッスンに、コンサートにと欠かせない相棒です。
『イタリア古典アリア集』ほかのアリアの解説記事ご案内
声楽初歩の段階で勉強する『イタリア古典歌曲集』、ほかのアリアについても解説記事を書いていますので、役立てていただけたら嬉しいです。
- オンブラ・マイ・フOmbra mai fù(ヘンデル《セルセ》より)歌詞と解説
- Nel cor più non mi sento:歌詞/対訳/楽譜/発音/ピアノ伴奏/解説
- Lascia ch’io pianga(私を泣かせてください):歌詞、対訳、ピアノ伴奏他
- Se tu m’amiの歌詞&日本語訳、発音&解説、無料楽譜&伴奏など
くれぐれものどは大切にね。
最後に管理人が気に入ってイタリア留学にも持ってきたのど飴を紹介するよ。
歌ったあとの喉の疲れがとれるし、発声前になめておくと声が出やすい気がする……さすが国立音大声楽科との共同開発。
失敗しない声楽の先生の選び方について書いています。SNSで出会った最初の先生とは友人のような関係で楽しかったけれど、いまから思えば先生選びの失敗例でした。日本では音大に通わず個人で勉強してきた管理人だから書ける、自分に合った声楽の先生を探すための記事です。
コメントを残す
カッチーニが想定した楽器テオルボのことにも触れていただけると嬉しいです。
コメントありがとうございます!
『新音楽』序文の解説で伴奏楽器についても触れました!