早いもので、来月にはバロック声楽科3年次の期末試験を受けます。
担当の教授と相談してプログラムが決まりましたので、今回はどんな曲を歌うかを書いていこうと思います。
イタリアの音楽院の試験課題
通常イタリアの国立音楽院は公式サイト上で試験課題を公開しています。
筆者が入学候補に選んだ北イタリアの4つの音楽院は皆、入学試験だけでなく卒業試験や卒業論文についても、PDFファイルを公開していました。
しかしイタリアは北と南では大きく国民性の異なる国なので、サイト上の情報がどの程度信頼できるかは地域によって変わるようです。
私が通うヴェネツィアの音楽院では、サイト上で公開されているシラバスはかなり尊重されています。
試験課題については、バロック声楽科もチェンバロ科も100パーセント厳守でした。
学生も教授も、サイト上の試験課題PDFファイルを見ながらプログラムを決めます。
バロック声楽科3年次の試験課題
音楽院のWebサイトに掲載されているプログラム
上の画像は、ヴェネツィアの音楽院の公式サイトからダウンロードした学習計画書です。
青い四角で囲んだ部分が試験課題です。
翻訳すると、
演奏プログラムは以下を含むこと――イタリアオペラ、もしくはイタリアのスタイルで作曲されたオペラのダ・カーポ・アリアを1曲、
ヘンデルのオペラかオラトリオからアリアを1曲、
フランス語か英語のカンタータかオペラアリア、
教会音楽と世俗音楽のレパートリーから選んだバッハのアリアを2曲。
試験当日に審査員が指定したオペラ、カンタータ、オラトリオから選んだアリア1曲を3時間後に歌うこと。
実際に歌う予定の曲リスト
- ヴィヴァルディのオペラ《Arsilda, regina di Ponto (ポントの女王アルジルダ)》よりNicandro (ニカンドロ)のアリア “Col piacer della mia fede”
- ヘンデルのオペラ《Agrippina (アグリッピーナ)》よりタイトルロールのアリア “Tu ben degno sei dell’allor”
- Henry Carey (1687 – 1743)のカンタータ『As damon watch’d his harmless sheep』
- バッハの『Magnificat (マニフィカト)』(BWV 243)より “Et exultavit spiritus meus in Deo”
- バッハの教会カンタータ『Nun komm, der Heiden Heiland (いざ来ませ、異邦人の救い主よ)』(BWV61)より “Öffne dich, mein ganzes Herze (開け、わが心よ)”
ヘンデルやバッハなどのかなり有名な曲も含んでいるので、タイトル(というか歌いだしの歌詞)を見ただけで曲が頭に流れてくる! という方もいらっしゃると思います。
以下、1曲ずつ簡単に解説(思い入れ?)を書いてみます。
ヴィヴァルディのオペラアリア “Col piacer della mia fede”
「出た!これぞバロックオペラ!」といった感じの華やかなアリア。
私はこういうコテコテなバロックオペラに憧れて古楽科に入ったので、いざ入学してみたら周りは1600年代前半の初期バロックに傾倒している人だらけで、肩身がせまいです(笑)
歌詞に出てくる「bel trofeo(素晴らしいトロフィー)」という言葉のように華々しい曲調です。AパートもBパートも同じような音程で構成されていますが、 Bパートは少し柔らかく歌って変化を出すと良いそうです。
和声がシンプルなので、ダカーポの装飾は考えやすかったです。
このアリアは、Bitinia(ビティニア)の王子ニカンドロが、Cilicia(チリチア)の王位に就いた親友タメーゼを讃えるものです。
でも実はこのタメーゼ、双子の妹が男装している”偽の王”なのですが…
シェイクスピアの『十二夜』のように、兄は難破して亡くなったと思われているのです。
初演時、ニカンドロ役は女性のソプラノ歌手が男装して歌いました。
歌われている相手のタメーゼは、劇中で「現実に」女性が男装しているストーリー。
バロック時代のオペラなので当然(?)、ソプラノ・カストラートが歌う役も出てきます。
こういうジェンダーの錯綜した雰囲気がいかにもバロックオペラで楽しいですね。
ヘンデルのオペラアリア “Tu ben degno sei dell’allor”
アグリッピーナはローマ皇帝クラウディオの妻。
夫を退位させ、かわりに息子ネローネを帝位につけ影の実力者になろうと画策している。
しかしネローネはアグリッピーナの前夫との子で皇帝の血を引いていない。
クラウディオ帝は、自分の命を救った勇敢な将軍オットーネに帝位をゆずりたいと考えている。
このアリアの内容は、
「オットーネが帝位にふさわしい人物であることは承知しているが、それでも彼が次期皇帝になると考えたら私の心は怒りに燃え上がる」
というもの。
ハ短調の美しい旋律をもつアリアですが、歌っている感情は「怒り」なので、あまりゆっくりにならないように、と言われました。
ヘンデルの書く流麗なメロディーにうっとりして、つい優雅に歌ってしまいがちなのですが。
prestoぎみに歌うと、ブレスをとる時間が少なくなって結構大変・・・。
一方Bの部分は歌詞の主題が「愛」に移っているので、雰囲気を変えてやわらかく歌うこと――特に最後の「dolce l’ardor(甘い情熱)」はピアニッシモにして、さらに歌詞を表現しなければならないのですが「もっとうんと美しく歌わないとダメ」と言われ、なかなか難しかったです。
英語のカンタータ『As damon watch’d his harmless sheep』
作曲家も、このカンタータもほとんど知られていないと思います。
先生が持って来てくれた3つの英語のカンタータから選びました。
どれも知らない作曲家でした――先生から「イギリスにはパーセルしかいないわけじゃないのよ」と言われましたが、全くその通りですね・・・
とてもロマンティックな歌詞がついているのが気に入って選びました(中音域メインで歌いやすそうだったし)。
イタリア語の情熱的で大げさな歌詞とはちょっと違う、おとぎ話のような雰囲気の詩が素敵です。
でも、自分の記憶している英語の発音がことごとくアメリカ英語だったので苦労しました。
また子音をドイツ語のようにはっきり発音するように言われました。
ネイティブがしゃべるときにもこれぐらい子音をはっきり発音してくれたら、英語のヒアリングが簡単になるのに、と思わなくもないのですが…
『Magnificat』より “Et exultavit spiritus meus in Deo”
マニフィカトからの有名なアリアです。
このアリアで外部のオルガン奏者のレッスンを受けましたが、彼はレガートに歌うように言っていました。
しかしバロック声楽の先生は、アーティキュレーションをはっきりつけて歌うようにとのことでしたので、試験では先生の指導を採用します(先生が試験官だしね!)。
演奏スタイルの解釈は、プロでも皆それぞれ異なるのでおもしろいところだと思います。
ちなみにオルガン奏者のマスタークラスにて、オルガンパートはすべての音をつなげずに弾くように指導していました。
バッハはブレスの位置をほとんど考慮せずに作曲するので、このアリアに限ったことではないけれど難しい点です。
教会カンタータのアリア “Öffne dich, mein ganzes Herze “
ドイツ語の歌詞は幸せに満ちています。ドイツ語の母音を意識するあまり、音色が暗くなってしまって明るく楽しい感じが出せなくなるので、注意しなければならなかったです。
イタリア語・ラテン語以外の言語の歌を歌うときは、かなり発音が不安要素なので、Youtubeにネイティブの録音があるときは、繰り返し聞いて発音を近づけるようにしていました。
でも繰り返し聞くうち歌い方までうつってしまったようで、バロック的な歌い方でなくなってしまうと、レッスンで相当しぼられました。
バッハのカンタータは、ロマン派のレパートリーをメインに活動している”普通の声楽家”の録音がたくさんあるので、バロック声楽とはスタイルが異なります。
具体的には、
- レガートに歌いすぎる
- アーティキュレーションがあまりない
- トリルを上の音から歌わない
- トリルが拍より前からはじまる
などの相違点があります。
スタイルがロマン派的でも名歌手の演奏は美しいですので、ついつい聴き惚れてしまうのが歌い方がうつってしまう原因だと思います。
他人の演奏は聴かなければうつることもないのですが、聴くことも勉強になるし、何より発音に関しては耳から覚えるのが一番確実だし悩ましいところです。
バロック声楽に興味のある方へ(あとがき)
筆者の音域はあまり高くないので、今回の試験プログラムの曲も声楽を習い始めて数年の方にも挑戦していただけるレパートリーだと思います。
発声の基礎を学ぶには、英語やドイツ語よりイタリア語の曲を歌うのが 向いていると思います。
参考にできる名演の録音もたくさんあって、曲調も親しみやすいヘンデルやヴィヴァルディのアリアから楽しんで学んで頂けたら嬉しいです!
バロック声楽科1年次、2年次の試験プログラムも過去に記事にしていますので、よかったらのぞいてみてください。
関連記事 バロック声楽レッスン1年次の授業計画と試験内容(イタリア国立音楽院)
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