イタリア国立音楽院を卒業した筆者ですが、80ページを越える論文をイタリア語で書くのは、なかなかハードな経験でした!
でも実は卒論テーマがなかなか決まらなくて、書き始めるまでにかなり時間がかかったのだにゃ……
- 卒論テーマの例(使わなかった10個のテーマを一挙公開!)
- 実際に書いた卒論テーマに至った経緯(使えないと思ったネタから生まれた)
- 卒論テーマに悩んだ一学生の体験談(みんな苦労するところだよね!)
などなど書いていきます。
「卒論テーマの決め方」についてはすでに過去の記事に書きましたので、今回は筆者自身の体験談です。
テーマを決めたあとの、具体的な卒論の書き方・進め方についても記事にしています。
卒論テーマの例 ~音楽分野~
卒業演奏会を優先した結果、あきらめた卒論テーマ
過去記事『卒論テーマの決め方』の手順1に書いたように「卒業演奏会のプログラムを想定して、卒論テーマを選ぶ」という鉄則に気付いた時点で、まずあきらめたアイディア――
「メディチ版グレゴリオ聖歌についての研究」。
卒業演奏会45分間、無伴奏でグレゴリオ聖歌を歌ったら審査員の教授たちが居眠りしそうだからボツったにゃ。
卒論のテーマについて相談していた「イタリア文学と詩の音律」の教授からも「そんなコンサートつまんなそー!」というご意見をいただいたので却下しました。
メディチ版のグレゴリオ聖歌は、1903年のヴァチカンの教会音楽改革まで歌われていたそうです。
音楽院の授業で、「ベートーヴェンでヴェルディでも、作曲家たちがグレゴリオ聖歌の旋律をベースに作曲するとき、想定していたのはメディチ版なんだよ」という話を聞きました。それで「現代私たちが音楽院で習い歌っているグレゴリオ聖歌とどう違うのだろうか」と興味をもったのです。
サン・マルコの音楽監督のジェンマーニ先生に訊いたら「もっとリズミカルだよ」とのことでしたが……
ちなみに1904年にアレッサンドロ・モレスキが録音しているグレゴリオ聖歌はメディチ版――前年にミサで歌うことが禁じられたバージョンです。
古楽科の先輩に
「卒業演奏会のことを考えて、グレゴリオ聖歌に関するテーマはあきらめる」
と話したら、
「でもグレゴリオ聖歌の旋律を使って作られた曲はたくさんあるから、単にグレゴリオ聖歌を歌うんじゃなくて、1500年代、1600年代のレパートリーを歌えばいいんじゃない?」
とアドバイスしてくださいました。
それは思いつかなかった!!
しかし――、自分が一番歌いたいジャンルはバロック後期のオペラアリア。歌いたいレパートリーを優先して、卒論テーマを再考することに決めました。
大量の楽譜をコピー後やめた卒論テーマ例
後期バロックオペラで活躍したヴィルトゥオーゾ(名歌手)の中で、自分に音域の合う歌手として思いつくのは、カッファレッリ(ソプラノ・カストラート)とドゥラスタンティ(女性歌手)。
日本にいた頃カッファレッリの個性の強い性格に興味を惹かれ、趣味で彼の出演作リストを作ったことがありました。そこから卒論テーマにできそうなオペラを探すことに。
- 現代譜が出版されておらず全曲録音も出ていない、ある程度マイナーな作品
- ヴェネツィアで初演されたオペラ
- カッファレッリが出演している作品
白羽の矢を立てたのが、 ジェミニアーノ・ジャコメッリ作曲、アポストロ・ゼーノ台本、1734年にサン・ジョヴァンニ・グリゾストモ劇場で初演された《メローペ》でした。
2018年の夏休み前に、ファクシミリ版の楽譜からカッファレッリの歌ったアリアとそれに先立つレチタティーボ――計100ページぐらいをコピーしました。
しかし――、卒業演奏会優先で考えすぎたために問題定義や仮説などの論点を見つけられず、内容の薄い論文になることが予想できたので、テーマ自体を見直すことに。
参考資料や楽譜をたくさんコピーするのは、論文テーマが決まってからにするのがおすすめ!
トージやマンチーニなど現代日本語訳の出ているバロック時代の声楽教本を読んで、さらに知りたいと思ったことや疑問点などを書き出す作業をしました。しかし、よいテーマを思いつかず…… そこでアイディアをひたすら書き出すブレインストーミングをすることに。
ノートに書きだした卒論テーマ例の数々
過去記事『卒論テーマの決め方』の手順2に「とにかく卒論テーマのアイディアを書き出してみる」と書いたように、可能か不可能かは考えず、とにかくノートにアイディアを書き出してみました。
1個目に出てきたのは、
「なぜ70年代初頭に古楽復興の人気が高まったのか? 軽音楽とからめて社会学的側面から考察」
という、ポップスの趣味を取り入れたアイディアでした。
なにか書いてみればそこから派生してほかのアイディアを引き出せます。
「ベースラインの下がっていく曲の研究、70年代の軽音楽にもよく見られる。
いつ生まれて、どのようにすたれていったのか?」
という、チェンバロ科で書いた方がよさそうなアイディアや、
「古楽復興のきっかけは1900年代初頭のチェチリアニズム? 伝統主義対歴史的奏法研究」
という、また宗教音楽やヴァチカンに話が戻ってしまいそうなもの、
「オーセンティックな演奏とは? 20世紀の古楽演奏の変遷。ピリオド楽器、奏法など」
これならCD聴くだけで済みそう?というようなものまで。
「音楽 論文」でWeb検索したり、論文が検索できるサイトCiNii(サイニィ)をうろうろして様々な論文タイトルを見る中で「絶対音感の功罪」というネタを発見し、
「古楽系歌手にとっての絶対音感の功罪」
なんていうパクリネタもメモったりしました。
さらに担当教授から、「日本に関係あるものを!」と言われたときのために、
「バロックジェスチャーと、歌舞伎の見得について」
「なぜ日本の音大には学部レベルでバロック声楽科がないのか」
「日本の初オペラはグルックの《オルフェオとエウリディーチェ》。
明治日本の西洋音楽の需要におけるイタリア音楽」
なども書き出しておきました。
奇抜なネタからまともなアイディアが生まれた例
決定にいたるきっかけになったアイディアはかなりふざけたもので、
「ヘンデルのいい曲を分析する →で、自分で当時の詩に作曲してみるとか!
タイトルは『ヘンデルのオペラの魅力』?」
というメモ程度のものでした。
ヘンデルの曲が大好きなので、その魅力を分析して趣味の作曲に生かせたら面白いなと思ったのです。
ここから、
「メタスタージオ台本研究? →最後に自分バージョンを作曲」
というネタを経て、
「同じ台本、詩、もしくは同じ原作のオペラについて、複数の作曲家の曲付けを和声分析の観点から比較研究」
というまともなアイディアが生まれたからびっくりです。
音楽史の試験勉強中に、国立音大作曲科の修士論文に「『フィガロの結婚』全曲アナリーゼ」というテーマを見かけたことが契機になりました。
卒論と関係ない科目の試験勉強をしているときに、偶然目に留まったWebサイトのページが助けになったのにゃ!
和声研究なら、大量のイタリア語参考文献からのがれられるという下心もありました。
そして「メタスタージオ台本《シローエ》に付曲された4人の作曲家によるオペラ比較」というテーマが生まれました。
- 1726年初演のヴィンチ版
- 1727年初演のヴィヴァルディ版
- 1733年初演のハッセ版
- 1728年初演のヘンデル版
しかし――、担当教授はモンテヴェルディなど初期バロックに情熱を燃やしている人です。
1734年初演の《メローペ》研究を想定していたとき、なんでもはっきり言うイタリア文学担当の例の教授から、
あなたの担当教授は1600年代初頭が好きだから、1700年代初演のオペラ研究なんて却下されるよ!
と言われていました。
なんとしても一発OKをもらって、日本の伝統音楽を研究しろなんて言われずに通り抜けたかったので、1600年代を絡めるネタを考えてみました(筆者の門下では前年に卒業したアジア人留学生が、自国の伝統音楽と西洋音楽の比較研究をさせられている)。
実際に研究した卒論テーマ、オペラ《セルセ》比較
メタスタージオから離れて、カッファレッリが歌ったヘンデルのオペラということで、《セルセ》にたどり着きました。
- 1654年初演のカヴァッリ版
- 1694年初演のボノンチーニ版
- 1738年初演のヘンデル版
楽譜・台本もインターネット上、もしくは近隣の図書館で見られることも分かりました。
これ、ボノンチーニ版の楽譜が全曲残っていますように・・・と祈るような気持ちでしたよ。
卒論ノートを読み返したら、
おそらく、セルセ比較が一番簡単だ。
なぜなら時代が違うので音楽が違うに決まっているから。
対位法、和声の使い方などがどう変化したか論文にできる。
というメモが残っていました。
ようやくテーマ決定→教授の了解を取り付ける
アイディアを研究計画書の形に落とし込み、バロック声楽科の教授に見せに行きました。
日本に関係あるテーマを勧められるかもしれないという心配は杞憂に終わり、無事ゴーサインをいただきました。
かくしてようやく、卒論テーマを決定するという、スタート地点にたどり着いたのでした。
その後は「【卒論の進め方】書き方の手順と、やる気を継続させる方法」に書いたように、自分のやる気と格闘しながら、授業・レッスン・アルバイトの合間を縫って卒論を書き、2020年10月に提出しました!
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