古楽科の必修科目「文献調査の手法」の授業内容や課題について

イタリアで楽譜や音楽資料を探す方法」 音楽院の授業
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イタリアの音楽院の授業内容について、科目ごとに詳しくお伝えするコーナーです。
今回は、古楽科の必修科目「文献調査の手法」について書きます。

バロック声楽科3年間の必修科目をすべてまとめた記事こちらをクリック 

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授業内容と音楽院の授業の様子

正式な科目名

「文献調査の手法」という訳語は、この授業を受け終わった管理人が、このブログを読んで下さる方に向けて分かりやすいようにつけた科目名です。

イタリア語での科目名は1年目と2年目で異なります。

1年目は「Biblioteconomia e documentazione musicale」。直訳すると「図書館学と音楽文献調査」となります。

2年目は「Strumenti e metodi della ricerca bibliografica」、つまり「文献調査の手段と方法」です。

授業内容の概要

授業内容は、

  • ヨーロッパの図書館の歴史
  • イタリアの図書館の歴史
  • ヴェネツィアの図書館の歴史
  • ヴェネツィア音楽院の図書館の歴史
  • インターネットを使った音楽資料や楽譜の探し方
  • 蔵書目録を使った音楽資料や楽譜の探し方
  • 紙の作り方と歴史
  • 印刷と出版の歴史(グーテンベルクの活版印刷など)
  • 楽譜出版の歴史(ペトルッチの楽譜出版など)
  • すかし(filigrana)から紙が作られた場所と年代を特定する

といった感じで、多岐に渡ります。

この授業を受ければ、卒論のための文献探しはバッチリ! といったところでしょうか。

歴史の話では、2回の大戦で目録が途絶えたり、書物や楽譜を疎開させる話が出てきます。
戦争で失われるもっとも尊いものは人命でしょうが、それ以外にも人類が失うものは計り知れないなあと感じました。

授業の様子

教えて下さるのは音楽院図書室の司書の方。
多方面に博識な方なので、イタリア人の学生が、
「プロフェッサーはどこの科を出たんですか?」
と訊いたら、哲学科だそうです。質問した学生は、
「えぇ、哲学と図書館勤務と全然関係ないじゃないですか!」
と驚いていたけど、哲学科を卒業した学生が専攻と関係ない仕事につくのは、どこの国も同じだなと思いました。

古楽科のみの必修科目なので、教室(というか図書事務室)にはいつも5人以下の学生しかいませんでした。
古楽科は人が少ないので・・・


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課題、レポート、試験について

この授業では、リサーチの際に必要な資料をみつける能力を身に着けることも目的のひとつです。

ですので実際にリサーチを行うというレポート課題が課されました。

レポート提出課題:ニコラ・ポルポラのカンタータについて

管理人が先生から与えられた調べものの課題は「Le Cantate di Nicola Porpora:ニコラ・ポルポラ(1686 – 1768)のカンタータについて」でした(ラ・カンターは単数形、複数形だとレ・カンターになります)。

学生一人一人の専攻(楽器)やレパートリー、興味のある時代にあわせて、異なる課題が与えられますので、友達と手分けして調べもの、なんていう技は使えません。

ニコラ・ポルポラはヘンデルやバッハと同じ時代――バロック後期の作曲家です。
作曲以上に声楽教師としての手腕が際立っていたと言われ、ファリネッリやカッファレッリをはじめとした、当時の名だたる歌手たちを育て上げています。

だからといって作曲家としての能力が劣っていたとは思いません。
管理人の「バロック時代の好きな作曲家ベスト10」に入るかも知れません――って持ち上げておいてあまり高くない……
A.スカルラッティの音楽をもっと”当世風”にしたような、ナポリ楽派の魅力と後期バロックの楽しさが良い具合にミックスしたような音楽だと思います。

まずは音楽辞典をひらいてみる

ポルポラについてさらに詳しい情報はウィキペディアを、と書きたくなりますが、ネット上の情報はウィキペディアに限らず正しいとは限らないので気を付けましょう!

ウィキペディアは、英語版やイタリア語版などほかの言語のページも読み比べてみると面白いと思います。

今回のポルポラの場合、日本語版と英語版では「1686年8月17日生まれ、1768年3月3日没」となっていましたが、イタリア語版では「1686年2月29日生まれ、1768年2月30日没」と書かれていて、情報が異なっていました。
おそらく複数の資料が残っており、参照元の文献が異なるのでしょう。

こんな基本的なところからすでに情報が異なっているので、複数言語の記事を見比べることで、リサーチのネタや論点を発見できることがあります。

では出版されている本なら正しい情報なのかと言うと、そうとは言い切れません。
日々研究されているし、研究者によってさまざまな推論もあります。

そこでまずは、

  • ニューグローブ音楽辞典
    (The New Grove Dictionary of Music and Musicians)
  • DEUMM音楽辞典
    (Dizionario Enciclopedico Universale della Musica e dei Musicisti)
  • MGG音楽辞典「音楽の歴史と現在」
    (Die Musik in Geschichte und Gegenwart)

などの主要な音楽辞典をひらくように、と教わりました。

その後参考文献にあたり、比較研究したり、独自の論点をみつけましょう、ということでした。

でもインターネットが役立つ場面もあります。
それが、蔵書目録の検索です。

RISM CATALOG on line で検索

RISMとは「Répertoire International des Sources Musicales」の略称で、「国際音楽資料目録」という意味です。
ドイツの非営利団体が運営している音楽資料に特化したカタログです。
RISMのオンラインカタログで作曲家名や曲名から検索できます。
右上のリンクから言語を切り替えることができます。
現在英語とドイツ語に対応しているようです。

OPAC SBN on lineで所蔵図書館を探す

イタリア国内の資料を探したいならOPAC SBNにアクセス!
読みたい資料や楽譜がどこにあるかを調べられます。
イタリア各地の国立図書館を網羅しているので、各地の音楽院図書館の蔵書も分かります

画面右の「Filtri」フィルターの一番下に、「Biblioteca」(所蔵)図書館一覧の項目があります
ここで、近隣の街の図書館に目当ての資料があるかどうか、しぼることができます。

このサイト、言語切り替えの方法が分かりにくいのですが、上のメニューバーの真ん中あたりに「English」があります
ここをクリックすると英語でも見られます。

口頭試験は紙と印刷の歴史について話す

レポート課題だけでなく、しっかり口頭試験もあります・・・。

紙すきの方法、活版印刷の技術など、すかしについて、など日本語でも説明しにくいことをイタリア語で言わなくてはなりません。

勉強は大変でしたが、留学生には甘いのか、それとも全体的に評価が甘いのか、イタリア人学生は点取り試験勉強に慣れていないから平均が低いのか、理由は分かりませんが30点満点中30点だったので、ものすごく驚きました。

活版印刷がティポグラフィア、木版印刷がシログラフィア……などと、日常生活ではまず使わないであろう単語を覚えた甲斐がありました。

ヨーロッパにおける、中世~近世の紙すき技術

ところで、西洋の紙すきは布(ぼろきれ)から作っていたって知っていましたか!?
中世のイタリアでは木綿や麻などの衣服の切れ端を細かく砕いて、水と混ぜ、漉いて紙を作っていたのです。

Stracci per scrivere

1300年代のイタリアで行われていた紙の製造方法を、中世のコスプレをして実演してくれる3分程度の短い動画です。
説明はイタリア語ですが、映像を見るだけでも紙の製造方法がよく分かると思います。
冒頭、布を選別して細かく切って材料にしています。
でもそれ以外は、驚くほど日本の紙すきと似ているのではないでしょうか。

動画でも説明しているように、紙すきは中国で発明されたそうです。
中国の古書によると、古代中国では竹から作っていたようです。
日本でも木から作っていたので、当然植物から作るものとばかり思っていたら――まあ布も元は植物なのですが、固定観念にはばまれて「stracci=ぼろきれ」という単語に首をかしげてしまいました。

手すきされた西洋の紙の特徴

手すきといっても、水車や風車などの動力を使って、布をこまかく砕く技術はありました。
大量のきれいな水が必要なので、山あいで作られることが多かったそうです。

できあがった紙にはうっすらと、漉き簀(すきす)の跡=漉き線が残ります

また、すかしが入っているのは西洋の紙の特徴だそうです。
東洋では紙職人が自分の作った紙に印をつける習慣はなかったと習いました。

すかし=filigrana(フィリグラーナ)について

それぞれの紙工房が自分たちのマークを持っていました
彼らは紙を作るとき、いつもその印を「すかし」として入れました。
本にする前の、漉いた段階の大きな紙に入れますので、4つ切り、8つ切りにして本になったときに、すべてのページにすかしが入るわけではありません。
すかしは大きな紙の中央に入れていたので、本になったときはページの端に見切れた状態で入っています。

このすかしから、現代の私たちはどこの工房でいつ作られた紙か知ることができます

また、手作業で入れるすかしですから、”ロット”ごとに微妙に形が変化します。
そのおかげで、発行年が分からない本や紙でも、完全に一致するすかしの入った発行年の分かる本とつきあわせることで、かなり細かく年代を特定することができます。
2~3年の範囲で正確に分かるという話でした。


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おわりに、授業の所感と感謝

授業ではこうした昔の本をたくさん見ることができました。

授業の様子」に書いたように、授業は図書事務室で行われたので、司書の先生がたくさんの古書を持ってきてくださいました。
ガンガン素手でさわるのでびっくりでしたね・・・
学生も、さっきまでリンゴかじってた手でめくってるし。

17世紀、18世紀の印刷本なんてたくさん残っているのだろうと感じました。

日本の大学の文学部などでも、江戸時代の洒落本やら黄表紙やらがこんな感じで扱われているのでしょうか!?
管理人は近世の本を見ると洋の東西を問わず、ときめいてしまうのですが・・・!

後半、ツイッターで大学図書館で司書をされている方からリプライをいただいて、追記しました。

「漉き線」なんて言葉、教えてもらわなければ分からなかったです……感謝!!
授業後はなるべく日本のウェブサイトで復習して、両方の言語で理解するように努めるのですが、外国語で授業を受けているために専門用語をスルーしてしまうことがあるのは、弱点です。

以上、科目名からはちょっと内容をイメージしづらい授業の紹介でした!

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