チェンバロ・ピアノ(1746年に制作されたオリジナル楽器)について

チェンバロ
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今回ご紹介するのは、1746年にジョヴァンニ・フェッリーニによって製作された「チェンバロ・ピアノ(clavicembalo-pianoforte)です。

画像を見ていただくと分かるように、鍵盤が2段になっています。
下鍵盤を弾くとチェンバロの音が、上鍵盤を弾くと初期の未完成な音ながらもピアノ風の音色が鳴ります。

オルガン奏者で音楽学者のルイージ・フェルディナンド・タリアヴィーニ氏(1929-2017)が所蔵していた楽器です。
現在はボローニャのサン・コロンバノ博物館(San Colombano)内にタリアヴィーニ・コレクション(Collezione Tagliavini)として展示されています。
タリアヴィーニ・コレクションは主に鍵盤楽器からなり、80台ほどの楽器が現在でも演奏可能な状態で保存されていて、時々コンサートがひらかれています。

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楽器の仕組み

下鍵盤を弾くと、通常のチェンバロと同じようにジャックが動いて爪(プレクトラム)で弦をはじきます。
一方、上鍵盤を弾くとハンマーが動いて弦をたたきますので、現代のピアノのように強弱をつけて演奏することが可能です。

チェンバロ・ピアノの上鍵盤

1746年フェッリーニ製作チェンバロ・ピアノ:ハンマーアクションのついた上鍵盤部分

 上の写真は、フェッリーニのチェンバロ・ピアノの上鍵盤部分だけを取り外したものです(分厚い「タリアヴィーニ楽器コレクション図鑑」のページを撮影したものなので、ページがたわんでしまって見づらいですね……)。
鍵盤にハンマー機構がついていることが分かります。

上鍵盤と下鍵盤は同じ弦を共有しているので、同じ音を同時に両方の鍵盤で鳴らすことはできないそうです。

でも異なる音なら一度に鳴らせるので、チェンバロの音色でメロディーを弾いて、ピアノの音色で和音を弾くということが可能です。

音楽院の授業では、この珍しいチェンバロ・ピアノを使って演奏されたドメニコ・スカルラッティのソナタを聴きました。

この楽器が製作された1746年当時、スカルラッティはまだ60歳頃――同い年のヘンデルは3年後に『王宮の花火の音楽』を作曲しています。
というわけでまだまだバロック時代。
1曲の中でチェンバロとピアノ、両方の音色を使うという柔軟な発想があったとは、驚きました。


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フェッリーニのチェンバロ・ピアノの録音を聴いた感想

この授業は、ヴェネツィア音楽院チェンバロ科レベルⅡ(大学院修士課程相当)の必修授業である「Storia e tecnologia dello strumento(楽器の歴史と仕組み)」というものです。
院生はたった2人しかいないので、先生がプレアッカデミコの学生にも参加を勧めて下さいました(プレアッカデミコ・コースの説明はこちらの記事をお読み下さい)。

この授業ではまず学校のチェンバロを分解して中身を見ることからはじまり、イタリア、フランス、イギリスなど様々な国の鍵盤楽器の写真を見て、説明をしていただき、演奏の録音を聴きました。

フェッリーニのチェンバロ・ピアノが授業に登場したのはほんの一部なのですが、大変印象に残る音だったので、この楽器だけブログに書くことにしました。

実際に音を聞くまでは、1746年という製作年代からフォルテピアノのような軽やかで優しいピアノの音色を想像していました。

管理人の率直な感想

先生が説明をし終えて音源を再生すると、軽快なチェンバロの音色の後ろに、なんとも雑音の多い小さなピアノらしき音が聞えます。
倍音の少ない暗い音で、まるで1900年代初期のアナログレコードか、電話の向こうで鳴っている音のようです。

右手でメロディラインを弾き、左手で和音部分の連打をピアノの音色でおこなっているのですが、ハンマーの動く音でしょうか――楽器の機構のガショガショいう音が大きく、初期ピアノの音色と同じぐらい響くのです。
現代の楽器だとチェンバロはピアノより音量の小さい楽器だと思っていましたが、この「チェンバロ・ピアノ」では、チェンバロ部分のほうがずっとよく響いて大きな音が鳴っていました。

ほかの学生の反応

プレアッカデミコのイタリア人学生が色々と質問をし出したので、先生が音源の再生を止めました。
この学生は、チェンバロ・ピアノのピアノ部分の音を「なんだか怖い」と気味悪がっていましたが正直私も、チェンバロ部分だけで演奏したほうがずっと美しいと思っていました。

「ピアノの部分を弾いたとき雑音がたくさん混ざって聞こえる」
と私が言うと、先生が、
「楽器が古いから」
と言います。
「でも、チェンバロ部分はきれいな音ですよね・・・?」
と訊いたら、
「そう、私もそれを言いたかったの!」
と上の学生が言いました。

ピアノ部分が奇妙な音色である理由

先生の説明によると、この楽器はチェンバロの仕組みの中にピアノのハンマーアクションを取り付けただけで、ケース(外枠)もチェンバロのままだし、弦の素材や張り方もチェンバロ用で、弦をたたいて音を出すピアノの仕組みにあった作りにはなっていないため、このような音色なのだそうです。

「このあとたくさん改良が重ねられて、今のピアノの音になったのよ」
と言われましたが――このあと聞いたフランス製のフォルテピアノはかわいらしい音色で、当時の音楽家たちに愛され、この楽器のための曲がいくつも書かれただろうと容易に想像できるものでした。

フェッリーニのチェンバロ・ピアノのピアノ部分の音色が同時代に製作されたフォルテピアノと比べて未完成に聴こえるのは、チェンバロと両方の音色が楽しめるようにという斬新なアイディアが、楽器として実現させるには難しかったからなのでしょう。

おわりに

タリアヴィーニ氏が収集した楽器の中には、折り畳み式チェンバロという面白いものまで残っているそうです。
外側のケースがなく、3つに折りたためる作りになっています。
どんな音がするのか大変興味深いところですが、世界に4台しか存在しなかった――つまり普及しなかったことから、今回ご紹介したフェッリーニのチェンバロ・ピアノ同様、アイディアは素敵だけど楽器としては未完成だったのかも知れません。

1746年からさかのぼること20年余り、1720年にバルトロメオ・クリストフォリが製作したフォルテピアノの演奏がYouTubeにUPされています(Cristofori Piano: Sonata K.9 by Domenico Scarlatti)。
心地よい音色だからこそ、改良が重ねられピアノの時代が来たのでしょう。

でも楽器製作者の飽くなき追求心にふれられたようで、この授業はとてもおもしろかったです。

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