国立イタリア音楽院の古楽科で声楽専攻卒業後、チェンバロ(通奏低音)科に登録した筆者が「チェンバロのここが好き!」を解説します。
子供のころからピアノを習ってきたけど、ピアノとは違うテクニックが必要? しかも、自分で調律しなきゃいけないとか!?
筆者自身も こんな関心や疑問を持っていました。
そこでこの記事では……
- チェンバロはどんな部分が魅力的? ピアノを11年間習ったけど声楽に転向した人間が、チェンバロ科に登録した理由
- チェンバロの音色、演奏を実際に聴いていただきます♪ 楽譜通り弾かないおもしろさが伝わりますように!
- でもチェンバロって、こういうところが大変なんだ… 後半ではネガティブな要素もこっそりお伝えします。
イタリアの音楽院に留学したのは、バロック時代の歌を学ぶためでした。
でも憧れだったチェンバロの個人レッスンを受けるうち、すっかりチェンバロのハマり、3年目からチェンバロ科にも登録してしまいました!
関連記事の紹介 子供のころはピアノでバッハ・インベンションを練習したけど、チェンバロでバロック音楽のレパートリーを弾いてみたいなあと思い描いていました。
チェンバロとピアノの違い――ここが楽しい!
チェンバロとピアノの違い1:レパートリー
一方、ピアノの魅力を引き出すレパートリーはロマン派の音楽。
チェンバロのために作曲された現代音楽もあります。
でもやっぱりチェンバロの中心的なレパートリーはバロック音楽。
一方、ピアノの楽器としての特性を引き出している音楽というと、ベートーヴェンの中期以降でしょうか。
モーツァルトの時代はまだ、現代のピアノは完成していないので。
またピアノ演奏では20世紀のジャズも素敵だと思います。 ショパンやリストなどクラシックのレパートリーとは違ったピアノの魅力がありますよね。
バロック時代はチェンバロの最盛期
実はチェンバロが生まれたのはルネサンス時代。
バロック時代より前の時代に誕生しました。
でもチェンバロのための曲がたくさん作曲されたのはバロック時代。
声楽曲がさかんだったルネサンス時代から、バロック時代になると器楽曲がたくさん作曲され、演奏されるように。するとチェンバロの出番もどんどん増えていきます。
チェンバロはもちろん声楽の伴奏でも大活躍。
でも1600年前後の初期バロック曲ではチェンバロよりリュートの奥ゆかしい音色が合うように感じます。
一方、1600年代後期~1700年代前半の華やかなバロック・オペラの時代には、チェンバロの華麗な音色がぴったりですよね。
バロック音楽のノスタルジックな魅力
歌でも器楽曲でも、バロック時代の音楽にはバスが順次進行で降りてゆく曲が多いです。 親しみやすく、ノスタルジックな雰囲気の和音進行になり、たいてい気に入ります。
ポピュラー音楽では70年代の楽曲に、ベースラインが下がって行くコード進行が頻繁に聞かれます。 最近は減っていますね。
チェンバロの先生になぜでしょうかね、と質問してみました。
先生の見解は、下っていくベースラインの曲はメロディアスになる、70年代のポピュラー音楽では旋律が重視されたのだろうということでした。
確かに80年代以降、ポピュラー音楽はリズム重視の方向へ進んで行ってると思います。
子供のころに弾いたなつかしい曲たちがバロック時代の音楽だった
ピアノを習い始めた子供の頃、初歩の時期に「プレ・インヴェンション」という曲集を使って学びました。
この楽譜は、バッハのインヴェンションを弾く前の練習になるようにと意図されて編集してある楽譜です。
勉強する音楽がクレメンティ、モーツァルト、ベートーヴェン、そしてブラームスとどんどん時代と難度が進んでも、子供のころに弾いたプレ・インヴェンション、好きだったなあと覚えていました。
大人になって取り出して見たら、ヘンデルやハッセなど有名なバロック時代の作曲家の作品から、メロディとバッソのみを抜き出して子供でも弾けるように簡単な2声の曲に編集してある楽譜でした。
気になって検索してみたら、今も売られているし使われているんですね!
子供さんのピアノレッスンにぜひ取り入れて欲しい♪
チェンバロとピアノの違い2:自由
バロック音楽は演奏者に自由の多い音楽です。 その例として、
- 装飾を加えて弾くこと
- 通奏低音のリアライズ
という2つを紹介します。
チェンバロで装飾を加えて弾く
バロック音楽では装飾を加えて弾くことが多く、この装飾を考えるというのが、とても楽しい。
どの程度装飾を加えて弾くかは国や時代にもよりますし、奏者によっても差があります。 音楽院のチェンバロの先生は、比較的装飾を加えるよう指導するタイプ。
例えばガルッピのソナタヘ長調。
第一楽章ラルゴは、楽譜ではこのようにシンプルです。
オリジナルもシンプルで美しい。
でもレッスンで先生が装飾を付けて演奏する例を弾いて下さると、曲の魅力がより磨かれ輝くようでした。
上の楽譜には、レッスンを受けたあとで装飾を考えて書き込んでいます。 曲が進むに従ってだんだんと装飾が増えて行くようにします。
実際演奏してみるとこんな感じ
通奏低音を弾く楽しさ
チェンバロ・ソロの曲では、演奏すべき音はすべて(装飾音を除いて)楽譜に書いてあります。
一方、歌やソロ楽器の伴奏をするとき、室内楽のアンサンブルと演奏するときには、チェンバロが弾く楽譜はたいてい「bc(=basso continuo, 通奏低音)」としてベースラインだけが書かれています。
通奏低音についての詳しい説明は、こちらの記事「通奏低音とは?」の項目をご覧ください。
この通奏低音を弾くのがとてもおもしろいのです。
どんな和声を弾くかは、旋律楽器やほかのパートから判断したり、作曲家が数字を書き入れている場合もあります。
おおむね決まっているとはいえ、完全に固定されているわけではありません。
また右手で自由にオブリガード的な旋律を加えていくこともできます。
ピアノとチェンバロの違い3、音色
チェンバロ演奏が好きな第一の理由は、チェンバロの音色が好きだから。
どこか素朴に感じる純粋な美しさをもっていながら、キラキラと華やかな音色が好みです。
10年以上前、バロック音楽を色々と聴き始めた頃、古楽器の音色に魅了されました。
その中でチェンバロの伴奏で歌えたら幸せだと思い、バロック声楽を習い始めましたが、自分で演奏していてもワクワクします。
チェンバロとピアノの違い――ここが難しい…
チェンバロはとても繊細な楽器
温度・湿度などの環境に左右されやすく、頻繁に調律が必要
古楽の演奏会で、休憩時間にチェンバロの調律を直しているのはよく見かけると思います。
温度・湿度・曲調・弾き方によりますので、何分・何時間連続で演奏したら調律が必要とは一概に言えませんが、ギターやヴァイオリンのチューニングのように、頻繁に調節が必要なのは確かです。
音楽院のチェンバロのレッスンでは、まず初めにチューニングの方法について学びます。
力加減にコツはいるけれど、現代ではスマホアプリのチューナーもありますし、誰でもできますよ。
バロック時代の音律について
ピアノと違って奏者が誰でも簡単に調律できるので、平均律以外の音律に変えることも比較的容易です。
よく使われていた音律は時代によって変化します。
- バロック時代初期のころは1/4コンマ中全音律
- ヴェネツィアの理論家ツァルリーノが発表した2/7コンマ中全音律
- 1700年頃からはヴェルクマイスター
- その後はキルンベルガーなど…
様々な音律が使われた!
フレットのあるリュートのような楽器では、バロック以前にすでに平均律が使われていたそうです。
ではなぜ鍵盤楽器では平均律に調律しなかったのか――音楽院の授業で習った理由は「平均律では、不協和音の不協和らしさが際立って来ないので、曲が平たんになって面白みにかけるから」だそうです。
バッハの「平均律クラヴィーア曲集」が誤訳だというのはよく聞きますね。
イタリアでは「Il clavicembalo ben temperato」と呼ばれています。 直訳すると「よく調律されたチェンバロ」です。
チェンバロ演奏には繊細なタッチが要求される。
チェンバロは楽器の構造上、ピアノのような強弱はつきません。
その分、音色の差に気を遣わなければなりません。
ゆっくりと鍵盤を押せばやわらかい音色に、速く押せば硬い音色になります。
チェンバロにも色々なタッチの楽器がありますが、たいていピアノより鍵盤が軽いです。
ですのでトリルをつけて演奏するのは弾きやすいですが、ミスタッチが目立つという難しさがあります。
ピアノなら鳴らないような、指がちょっとさわってしまったぐらいで音が鳴ってしまう上、すべての音がほぼ同じ音量で鳴るので、ピアノとは違った慎重さで弾くような感覚があります。
しかも弦をはじくプレクトラ(爪のような部分)の微妙な長さで鍵盤の軽さが変わります。 短く薄く削れば軽くなります。
どの鍵盤も同じぐらいの弾き心地になるように調節するのですが・・・ ちなみにプレクトラは時々折れます。
チェンバロ演奏にはアーティキュレーションが大切
YouTubeの動画などでチェンバロ奏者の指使いを見ていただくと分かるのですが、ピアニストから見ると、正直変な指使いで弾きます。
大きな違いは、2~5番の指が1番(親指)をくぐらないことです。
親指や小指も使って弾くのですが、真ん中の3本の指を多く使い、くぐるかわりに手を並行移動させながら弾きます。
この独特の指使いから、アーティキュレーションが生まれるので、ピアノとは異なる指使いの習慣を身に着ける必要があります。
しかし――バッハの4声など両手がバラバラに動いて旋律を弾くような曲になると、気付けばいつもピアノのようにくぐっています・・・。 (もちろん注意を受ける・・・)
練習用のチェンバロの確保が難しい
ヴェネツィア音楽院には100近いピアノがあると思います。
数えたことはありませんが、すべての部屋にピアノが置いてあります。
一方チェンバロは7台程度しかありません。
音楽院には練習室というシステムはなく、授業に使っていない部屋を練習に使っています。 そのためチェンバロのある部屋で授業があると、練習用のチェンバロを確保するのが難しくなります。
古楽科の学生は全員チェンバロ実技が必修なので、チェンバロで練習したい学生は少なくありません。
チェンバロ奏者を本気で目指すならピアノに触れてはいけない!!
チェンバロのある教室があいていないときは、ピアノで練習すればよいのでしょうか?
ピアノとチェンバロでは、弾き心地が違いすきます。
ピアノで練習しすぎてしまうと、むしろチェンバロ演奏にとってはマイナスになると感じるほどです。
ピアノ・タッチではない、安いキーボードで練習した方がマシなくらいです。
もしくは、スポーツ選手のようにイメージトレーニングにとどめておきます。 「音楽院のチェンバロ試験と発表会で学んだ3つのこと」に書いたように、発表会の直前にピアノを弾いてしまって、失敗した経験があります。
チェンバロは個体差が激しい
ピアノでも楽器ごとの鍵盤のタッチは異なります。
我が家のピアノは鍵盤が軽かったので、子供のころ発表会で弾くグランドピアノが重く感じて憂鬱でした。
でもチェンバロの個体差はさらに激しいと感じます。
スピネッタ(英語だとスピネット)と呼ばれる小型チェンバロなどは違う名前が付いているのだし、弾き心地が違って当然なのかも知れませんが・・・。
とはいえ、上手な人はどんな楽器でも力を発揮できるのですから、きっと練習あるのみ!なんでしょうね。
チェンバロの購入はオーダーメイドが基本
ピアノなら楽器店に行って、試奏して購入という流れでしょう。
でもチェンバロはちょっと違います。
ヤマハやカワイ、島村楽器などに行っても並んでいません。
チェンバロ製作者さんの工房にお邪魔して、注文して製作していただく形になります。
もしくは中古のチェンバロを購入――少なくともイタリアでは、あり得ます。
音楽院の同期の学生も、ネットで中古チェンバロをみつけて購入しました。
モダンチェンバロとヒストリカル・チェンバロ
古楽科の我々が求めているのは「ヒストリカル・チェンバロ」。 バロック時代のオリジナル楽器を模して作られたチェンバロです。
一方、イタリアの中古楽器のサイトを見ていると、モダンチェンバロも売られています。 これはロマン派時代を通して、時代にあわせて音量などの面で改良(?)の重ねられたチェンバロです。
モダンか、ヒストリカルか気にしながらサイトをチェックする必要があります。
日本の楽器会社が電子チェンバロを作っている!
実は管理人は、ローランドさんの試奏会に参加させてもらって、弾いてみたことがあります。
本物のように、チェンバロの爪が弦をはじく感触や、ストップが戻ったときの雑音までリアルに再現されていました。 Roland ローランド 電子チェンバロ C-30S 手の届く値段に思わず心がなびきそうになる・・・(笑)
チェンバロとピアノの違いに関するあとがき
大変長くなりましたが、ピアノとの違いに注目しつつ、チェンバロの楽しい部分と難しい点について書いてみました。
チェンバロとピアノは同じ鍵盤楽器ではあっても違う楽器であり、それぞれに固有の美しさ、楽しさがあります。
決して、未熟なチェンバロが高度なピアノに進化したわけではありません・・・ パイプオルガンがシンセサイザーに進化したなどとは誰も言わないのと同じことだと思います。
チェンバロの魅力が伝わっていれば幸いです♪
コメントを残す
おもしろこ